2012年04月09日
許容量の狭いわが国の教育システム
以前、僕の講演を聞いて、とても共感して、終了後まっ先に寄ってきてくれた学生が大学を中途で去ったとその大学の先生からお聞きした。
その先生曰く、ほかにもそうした学生が少なからずいて、自分の無力感も覚えると。
その先生にこんなことをお伝えした。
僕らは、いわゆる入学偏差値の低い大学の学生にもよく出会います。
どの子もよき恩師(教師・教授だけでなく、身近な大人も含めて)に出会えれば、きっと、もっと、いい味を出すんだろうになぁと思う学生たちが多いです。
偏差値の高い大学の学生もたくさん活動見学に来ていますが、そうした学生たちよりも挫折を味わっていたり、苦労をしていたりする分、自分たちの活動に価値を見出してくれる学生が圧倒的に多く、それは彼ら自身が居場所を求め続けているということとも関係しているのだろうと思ったりします。
大学を含め、日本の教育システムそのものに、許容量の狭さを感じます。
学生が授業に出てこない、前向きに受講しない、無気力である、それらは、もしかすると、授業がつまらないから、教える技術が低いからという先生側の問題も大いにあるはずなのに、ダメ学生のレッテルを貼られて、はい、それまでよ、という感じですよね。
その子の短所、欠点、苦手は素人でも指摘できます。
一日付き合えば、たいてい、そうしたことは発見できます。
でも本来、プロは長所、利点、得意を発見してこそプロだと思うのです。
そしてその長所、利点、得意なことはどういう環境、方法、アプローチでより発揮されるかを見出してあげるのがプロの役割でしょう。
受験偏差値の低い大学こそ、ほんとうは、教授たちがプロ集団となり、これまで、低い評価を受けてきて、自尊感情も低くなってしまっている学生たちを輝かせる学び舎であってほしいですよね。
その先生曰く、ほかにもそうした学生が少なからずいて、自分の無力感も覚えると。
その先生にこんなことをお伝えした。
どの子もよき恩師(教師・教授だけでなく、身近な大人も含めて)に出会えれば、きっと、もっと、いい味を出すんだろうになぁと思う学生たちが多いです。
偏差値の高い大学の学生もたくさん活動見学に来ていますが、そうした学生たちよりも挫折を味わっていたり、苦労をしていたりする分、自分たちの活動に価値を見出してくれる学生が圧倒的に多く、それは彼ら自身が居場所を求め続けているということとも関係しているのだろうと思ったりします。
大学を含め、日本の教育システムそのものに、許容量の狭さを感じます。
学生が授業に出てこない、前向きに受講しない、無気力である、それらは、もしかすると、授業がつまらないから、教える技術が低いからという先生側の問題も大いにあるはずなのに、ダメ学生のレッテルを貼られて、はい、それまでよ、という感じですよね。
その子の短所、欠点、苦手は素人でも指摘できます。
一日付き合えば、たいてい、そうしたことは発見できます。
でも本来、プロは長所、利点、得意を発見してこそプロだと思うのです。
そしてその長所、利点、得意なことはどういう環境、方法、アプローチでより発揮されるかを見出してあげるのがプロの役割でしょう。
受験偏差値の低い大学こそ、ほんとうは、教授たちがプロ集団となり、これまで、低い評価を受けてきて、自尊感情も低くなってしまっている学生たちを輝かせる学び舎であってほしいですよね。
2011年09月25日
保育現場場は大変だという保育士さんへ
医療、福祉、教育の現場にいる人たちの中には熱い思いで取り組まれている方もいることは承知しています。
もっと予算を付けてほしい、人を増やしてほしい、というのもその通りです。
でも、国は赤字国債を発行し続けていて、借金まみれです。
それは自治体も同じことです。
自分の立場からの要求だけをしていたら、いずれ国も県も市も破綻します。
実際、夕張市のように破綻をしてしまった自治体もあるわけですから。
ですから、私たちは、行政に対して、ここを削ってくれ、こういう事業はいらない、ということも伝えていく必要があります。
と同時にこの保育園にはいったいいくらの税金が使われているんだろうということも把握をしている必要があります。
医療、福祉、教育に携わっている人たちは、社会や経済や行政にもっと高い関心を持つことで、より語る力が出てくるんだと思います。
一流と呼ばれるような科学者たちがこぞって科学分野の予算を削らないでくれ~と訴えている光景はあまりに滑稽です。
相変わらずのお任せ行政、お願い行政では、社会は変わっていかないと思うんです。
活動は狭く深く、でも視野は広く、といつも思っています。
2011年04月29日
被災地でのボランティア受入制限
今朝の静岡新聞にもとくに連休中のボランティア受け入れを制限するところが大多数と書いてありましたね。
でも、被災地活動報告会でお見せしたとおり、復興のためにやらなければならないことは山ほどあります。
現地へ行くと現地の人たちは本当にどこから手を付けたらいいんだろうと途方に暮れるほどの惨状だということが改めて感じられました。
現実問題としてはボランティアが何万人いても復興には足りないというところだと思います。
現地の人たちにとって、瓦礫の山は瓦礫の山ではなく、親類縁者たちとの思い出の一つひとつなのです。
それを毎日、見るのはつらいとおっしゃっていました。
単純に避難所生活の人たちのそれなりの日々を支えるためのボランティアは確かに足りているのかもしれませんが、そうした思いを解消するための人手や辛い日々を送る人たちの心のケアをするような取り組みができる人手、子どもたちの元気を回復する活動が提供できる人手、その他もろもろ、いくらでも人手は必要だと思います。
ただ、そうした人手を受入れて活用する機能が現地にないのだと思います。
平時において、行政や社協などの公的機関には、臨機応変力を培う場面がなく、職員一人ひとりの柔軟性や機動性が磨かれる機会もなく、外部の人を活用する意識もないということが、受入制限問題に繋がっているのだと思います。
東海地震に備えて、だから、行政や公的機関の職員のそうした意識と力を高める仕掛けが必要なのだと
思います。
また、僕らが物資を届けたお宅のように、地域のリーダーになれる人たちを育てることと、それを行政が把握をしていることも必要でしょう。
さらには、NPOのように外部にネットワークを持っていて、行政とは違うルートで物資や資材を調達できる団体を日ごろから把握し、有事にうまく役割分担できるように意思疎通を図っておくことも求められるでしょう。
2011年03月20日
がっかりな熱海温泉
15日の静岡新聞の記事を見て、思わずツィッターでつぶやいた。「熱海温泉ホテル旅館組合は、市長、知事に対し、夜間停電と週末停電の回避を要望。いったいどういうつもり???おもてなし業の良心を疑う。未曾有の事態、熱海のホテル旅館を被災者の避難場所にという申し入れならわかるが。伊豆は度々被災し支援頂いた側なのに。」
同旅館宛にメールもしました。(電話番号がわからなかったので)
今朝の静岡新聞の記事を見て、びっくりしてメールをしています。
貴組合では、熱海市長、静岡県知事に対して、夜間停電の回避を要望したとのこと。
さらに、週末の停電回避や計画停電の先々のスケジュールの開示を求めているとも。
いったいどういうつもりでこんな要望をしているのでしょうか?
おもてなし業の最先端であるべきみなさんの良心を疑います。
未曾有の事態において、熱海のホテル旅館を被災者の避難場所として使ってくださいという申し入れならわかります。
よりによって、自分たちのところだけは、なるべく通常営業したいとはどういうことでしょう?
しかも、伊豆のみなさんは、これまでたびたびの災害において、全国のみなさんに支援をいただいてきた立場。
今回は恩返しをする千載一遇の機会が訪れたのではないですか?
一刻も早く、要望を取り下げることを期待します。
そして、熱海市役所にも電話しました。
今朝の静岡新聞の記事を見て、びっくりして電話をしました。
熱海温泉ホテル旅館組合では、熱海市長、静岡県知事に対して、夜間停電の回避を要望したとのこと。
その要望に対して、市長は「最大限、東電に働きかけたい」と回答したと。
どういうことですか?
ホテル旅館業のみなさんにとっても、当面、被災地の人たちに積極的に協力をしていくことで、復興したらまた観光客として熱海を訪れようということにもつながると思います。
市長のしかるべきリーダーシップに期待しています。
こんな動きをしてみましたが、もちろん、一平民の声など届くはずもなし。
18日の静岡新聞を見て、またまたツィッターでつぶやいた。
今朝の静岡新聞「熱海温泉ホテル旅館協同組合…『当面、見送りが明日以降は実施対象?東電は国語の勉強をし直したらどうか』」国語の勉強をし直すべきは熱海温泉では?『おもてなし』という言葉を。
現在の状況で計画停電が二転三転してしまうのは致し方ないこと。
全国各地では熱海温泉の姿勢とは逆の取り組みが続々と聞かれます。
たとえば「大分県旅館ホテル生活衛生同業組合は県内の旅館やホテルに対し、被災者の受け入れについて協力を呼びかけました。」といったニュース。
あるいは山形県でも「宿泊や入浴に困る被災者を支援するため、県内では、被災者に通常の半額以下から3分の2程度の料金で宿泊を提供する温泉旅館が出てきた。県旅館生活衛生同業組合(理事長・佐藤信幸古窯社長)が各地の温泉組合に呼び掛けて実現した。」というニュース。
こうした取り組みは結局、別府温泉や山形の温泉のファンになってもらうことにもつながるはず。
熱海温泉ホテル旅館協同組合には、大所高所の判断を望みたいものだ。
2011年03月16日
東北関東大震災に際して~「おもしろ荘」で避難者受け入れ
静岡も昨夜、大きな地震があり、決して安全とは言えませんが、NPO法人ゆめ・まち・ねっとの建物2棟「おもしろ荘」と「たごっこはうす」で20人程度、避難所並みでもよければ最大40人程度の受け入れができますよと福島県老人クラブ連合会の職員さんに申し入れをしました。
少なくとも寒さについては、東北より格段に凌ぎやすいですからね。
職員さんは、1月に福島県いわき市に講演に行かせていただいた際、知り合いになった方。
NPO法人ゆめ・まち・ねっとの活動に共感をしてくださり、先日、「たごっこはうす」に宿泊して、冒険遊び場たごっこパークの視察にいらっしゃいました。
大阪では知事が先頭に立って、新潟、山形などでは、ホテル旅館が避難者の受け入れをするといった話題が聞こえてきています。
全国各地にそうした受け入れ態勢が整えば。
2011年03月16日
浜岡原発、この期に及んでまだ「産・官・報」複合体は、推進前提
静岡新聞のサイトより
浜岡、防波壁設置へ 数年かけて12メートル超(3/16 07:49)
中部電力は15日、東日本大震災による東京電力福島第1、第2原発の事故を受けて、津波を防ぐ防波壁の設置など浜岡原発(御前崎市佐倉)で実施する中長期的な対策を明らかにした。同日、浜岡原発を視察した同市議会原子力対策特別委員会と市幹部に報告した。
中電によると今回、福島第1原発では1〜3号機で外部電源が断たれた上、非常用のディーゼル発電機も津波の影響で故障した。福島第2原発では1、2、4号機で圧力抑制室の温度を除熱するための海水ポンプに不具合が生じたという。
中電は既に、浜岡原発内の非常用ディーゼル発電機や海水ポンプの点検を始め、発電機車も新たに2台配備。同日は市議たちがこれらの設備を視察した。このほか、敷地周辺の3カ所で大気中のセシウムなどの濃度を測定しているダストサンプリングを2カ所増やし、監視を強化した。
中電は中期的な津波対策として海水ポンプの周辺を防水板で囲う方針も伝え、長期的には海岸と発電所敷地の間に高さ12メートル以上の防波壁を建設する計画を説明した。
防波壁について梶川祐亮発電所長は「具体的な設計や工事があり、数年かかる」との見通しを示したが、石原茂雄市長は「住民は福島の事故で不安を感じている。明日からすぐにでもやるというぐらいの前向きな姿勢を示してほしい」と強く求めた。水谷良亮浜岡原子力総合事務所長は「できるだけ早く進める努力をする。このほかにも所内でさまざまな対策の検討をしていく」と答えた。
【以下、たっちゃん意見】
昨夜も大きな地震があった静岡県。東海地震もいつ起こってもおかしくないと言われ続けている。
そうした中での東北関東大震災。そして福島原発の東電自称「想定外」の大問題。
それでも、「数年かけて防波壁」といっている中部電力の無神経。
理解不能だ。
さらに理解不能なのは、地元市長がその対策を「すぐにでもやる」ようにと、原発の継続を所与の前提に要請していること。
地元市民のみなさんはどう思っているのでしょうか?
市長も中電もまずやるべきは、この事態を受けて、改めて、原発を継続するのか、廃止するのか、そこから住民と議論することではないだろうか。
さらに考えられないのは静岡新聞の社説。
紙上で、原発をめぐる政府・東電の対応を糾弾しているのに、静岡県内の原発に対して、この大事故の「経験を今後の原発に反映を」と原発継続を所与の前提に社説が展開されていること。
昨日の静岡新聞でも編集委員が「津波被害も最悪を想定し、計画を具体的に練り直すとともに具体的な対策に乗り出さなければならない。」「次に何か起きても決して『想定外』と言わないために。」と書いている。
いやいや、想定外は絶対に起こるでしょ。
所詮、最後は人間がやることなんだから。
福島原発は連日、想定外の繰り返しなんじゃないですか。
それらをすべて想定内に収める対策なんて、どのくらいの時間と費用が掛かるのでしょうか?
社会学者・宮台真司さんがツィッターでも糾弾しているが、産・官・報複合体の非市民感覚には驚かされるばかりだ。
先ずできることとして、来月予定されている県議選において、原発反対を明確にする候補に投票することから始めようと思う。
そして、小さな発信でもこのブログやツィッターや知人との語り場などで上記のようなおかしな事態を指摘し続けようと思う。
浜岡、防波壁設置へ 数年かけて12メートル超(3/16 07:49)
中部電力は15日、東日本大震災による東京電力福島第1、第2原発の事故を受けて、津波を防ぐ防波壁の設置など浜岡原発(御前崎市佐倉)で実施する中長期的な対策を明らかにした。同日、浜岡原発を視察した同市議会原子力対策特別委員会と市幹部に報告した。
中電によると今回、福島第1原発では1〜3号機で外部電源が断たれた上、非常用のディーゼル発電機も津波の影響で故障した。福島第2原発では1、2、4号機で圧力抑制室の温度を除熱するための海水ポンプに不具合が生じたという。
中電は既に、浜岡原発内の非常用ディーゼル発電機や海水ポンプの点検を始め、発電機車も新たに2台配備。同日は市議たちがこれらの設備を視察した。このほか、敷地周辺の3カ所で大気中のセシウムなどの濃度を測定しているダストサンプリングを2カ所増やし、監視を強化した。
中電は中期的な津波対策として海水ポンプの周辺を防水板で囲う方針も伝え、長期的には海岸と発電所敷地の間に高さ12メートル以上の防波壁を建設する計画を説明した。
防波壁について梶川祐亮発電所長は「具体的な設計や工事があり、数年かかる」との見通しを示したが、石原茂雄市長は「住民は福島の事故で不安を感じている。明日からすぐにでもやるというぐらいの前向きな姿勢を示してほしい」と強く求めた。水谷良亮浜岡原子力総合事務所長は「できるだけ早く進める努力をする。このほかにも所内でさまざまな対策の検討をしていく」と答えた。
【以下、たっちゃん意見】
そうした中での東北関東大震災。そして福島原発の東電自称「想定外」の大問題。
それでも、「数年かけて防波壁」といっている中部電力の無神経。
理解不能だ。
さらに理解不能なのは、地元市長がその対策を「すぐにでもやる」ようにと、原発の継続を所与の前提に要請していること。
地元市民のみなさんはどう思っているのでしょうか?
市長も中電もまずやるべきは、この事態を受けて、改めて、原発を継続するのか、廃止するのか、そこから住民と議論することではないだろうか。
さらに考えられないのは静岡新聞の社説。
紙上で、原発をめぐる政府・東電の対応を糾弾しているのに、静岡県内の原発に対して、この大事故の「経験を今後の原発に反映を」と原発継続を所与の前提に社説が展開されていること。
昨日の静岡新聞でも編集委員が「津波被害も最悪を想定し、計画を具体的に練り直すとともに具体的な対策に乗り出さなければならない。」「次に何か起きても決して『想定外』と言わないために。」と書いている。
いやいや、想定外は絶対に起こるでしょ。
所詮、最後は人間がやることなんだから。
福島原発は連日、想定外の繰り返しなんじゃないですか。
それらをすべて想定内に収める対策なんて、どのくらいの時間と費用が掛かるのでしょうか?
社会学者・宮台真司さんがツィッターでも糾弾しているが、産・官・報複合体の非市民感覚には驚かされるばかりだ。
先ずできることとして、来月予定されている県議選において、原発反対を明確にする候補に投票することから始めようと思う。
そして、小さな発信でもこのブログやツィッターや知人との語り場などで上記のようなおかしな事態を指摘し続けようと思う。
2011年03月15日
静岡新聞の冷徹な見出し
なんでこんな冷徹な見出しを。
もう少し、やさしい見出しが付けられなかったものだろうか…。
計画停電をしないと突然停電で大混乱をきたす可能性がある中で、それでも、その計画停電も必要最小限に抑えたいと東京電力の職員さんたちは懸命に動いてくれているはずだ。
東電には、励ましの声などおそらくほとんどなく、怒声、罵声が寄せられていることだろう。
自分自身の親類縁者が被災地に居住していて、安否がつかめない、あるいはすでに亡くなっているという立場にいる人もいることだろう。
たしかに店、病院、関係者は振り回されたのかもしれない。
それでも、静岡県内で一番、影響力のある静岡新聞には、「東電 懸命の対応」、「東電職員 不眠不休で停電阻止に」といった見出しを付けてほしかったなぁ。
2011年01月10日
明日が来るのが楽しみになることを願って
先輩からいただいたメールの一部です。(個人情報は改変)
「先日ある社長から電話ありました。そのときにあまり幸せではないことを話されました。年収はたっちゃんの100倍はあります。幸せではないと語ったことが何かわかる気がしましたよ。年収200万円の豊かさをたっちゃん流でやっていってください。」
先輩へお返事を書きました。
最近、子どもたちを見ていて思います。
幸せとは、夜、床に着く時に、明日が来るのが楽しみだと感じられることではないかと。
今、明日が来るのが楽しみだと感じられない子どもたちがたくさんいます。
明日、先生に会うのが嫌だ、同級生に会うのが嫌だ、先輩に会うのが嫌だ。
中には明日の朝、また、親と顔を合わすのが嫌だという子どもたちも少なからずいることでしょう。
小中学校の不登校12万人、高校生の不登校・中退14万人です。
いや、子どもたちばかりではありません。
自殺者年間3万人が13年も続いています。
大人も明日、会社に行くのが嫌だ、人と会うのが嫌だと思っているのです。
明日が来るのが楽しみ、というのは、まさに、明日、誰かと出会うことが楽しみだということです。
親、友だち、恩師、よき先輩、同僚、上司、顧客、妻、恋人…。
人の集まりを企画するのが楽しみだという先輩は、そういう意味で幸せなのだと思います。
集う人たちもその日が来るのが楽しみでしょうね。
僕の取り組みも同じです。
「冒険遊び場たごっこパーク」での取り組みは、先ずは僕自身の楽しみであり、幸せであります。
そして、僕や妻に会いに来る子どもたちにとっても、そのことが楽しみであり続けてほしいと願いながら、子どもたちのことを公園で待ち続けています。
「先日ある社長から電話ありました。そのときにあまり幸せではないことを話されました。年収はたっちゃんの100倍はあります。幸せではないと語ったことが何かわかる気がしましたよ。年収200万円の豊かさをたっちゃん流でやっていってください。」
最近、子どもたちを見ていて思います。
幸せとは、夜、床に着く時に、明日が来るのが楽しみだと感じられることではないかと。
今、明日が来るのが楽しみだと感じられない子どもたちがたくさんいます。
明日、先生に会うのが嫌だ、同級生に会うのが嫌だ、先輩に会うのが嫌だ。
中には明日の朝、また、親と顔を合わすのが嫌だという子どもたちも少なからずいることでしょう。
小中学校の不登校12万人、高校生の不登校・中退14万人です。
いや、子どもたちばかりではありません。
自殺者年間3万人が13年も続いています。
大人も明日、会社に行くのが嫌だ、人と会うのが嫌だと思っているのです。
明日が来るのが楽しみ、というのは、まさに、明日、誰かと出会うことが楽しみだということです。
親、友だち、恩師、よき先輩、同僚、上司、顧客、妻、恋人…。
人の集まりを企画するのが楽しみだという先輩は、そういう意味で幸せなのだと思います。
集う人たちもその日が来るのが楽しみでしょうね。
僕の取り組みも同じです。
「冒険遊び場たごっこパーク」での取り組みは、先ずは僕自身の楽しみであり、幸せであります。
そして、僕や妻に会いに来る子どもたちにとっても、そのことが楽しみであり続けてほしいと願いながら、子どもたちのことを公園で待ち続けています。





