2011年09月24日

事業仕分けの是非について市会議員さんへ

 昨年参加した静岡県庁の事業仕分けについて互いに知る仲のA市の市会議員Bさんから行政の予算・決算チェックは議員の仕事であり、仕分け人による事業仕分けという手法に大反対だというご意見をいただいた。

 そのご意見に対しての僕のお返事です。



 おっしゃること、正論だと思います。

 が、しかし、反感を買う言い方かもしれませんが、理想論だとも感じます。

 地方議員が事業仕分けでなされているレベルの議論を行政当局ときちんとできる能力があるなら、確かに事業仕分けはいらないでしょう。

 能力というのは、知識、技術だけではなく、意欲、志、使命感といったものも含めてです。

 あるいはご指摘のとおり、自分ひとりで予算・決算書類を審査する力量が及ばない事業について、専門家等を活用するというのも能力の一つでしょう。

 勉強会を開くといったこともそうしたことに入ると思います。

 ですが、実態は、Bさんのような一部の議員を除いて、その能力があるとは言えません。

 今回、10本の事業仕分けを担当しましたが、Bさんの主張に照らして言えば、今まで、よくも、こんなずさんな成果目標で、あるいは仕掛けで、制度で、予算設計で県議会を通過したものだとあきれるものが大半です。

 つまり、県議会議員より県職員のほうが数段、賢く、したたかだということです。

 その県職員が県民仕分け人はさておき、専門的な知識を有する仕分け人に突っ込まれるとたじたじして、言葉が返ってこない、資料を示せない、というのは、それだけ、実は突っ込みどころが満載だということの証明でしょう。

 理想としては、事業仕分けなどいらないレベルの市議会になってほしいと思います。

 が、現実論としては、事業仕分けをして、市政をきちんとチェックする必要があると感じます。

 それに事業仕分けは、市民の市政に対する関心を高めるという効果もあります。

 そういう意味では、沼津市型の当局とのやりとりは専門的な知識を有する仕分け人がしつつ、判定は市民が行うというやり方のほうが県の事業仕分けよりもよりよい方法だと感じています。  

Posted by 渡部達也 at 08:47Comments(2)TrackBack(0)政治

2011年09月24日

静岡県事業仕分け後に内閣府行政刷新会議担当さんへ

2010年の静岡県事業仕分けで同じテーブルで仕分け人をした内閣府行政刷新会議事務局の方へ後日、お送りしたメール。



 事業仕分けは単純にコストを削る場ではないということは承知をしています。

 ただ、コスト意識がないと、新しいアイデアが出てきません。

 人脈を開拓する必要性にも迫られません。

 汗をかき、足で稼いで、広報をするということもなくなります。

 現場の小さな課題、少ないけど大切な課題に気付く機会も逸します。

 そういう意味ではそこを糾すというのも必要だと思い、「あなたの事業では」、ということではなく、オール県庁がこうなっていませんか、という問い掛けをしたく、いくつかの事業で細かな数字にも厳しく注文を付けさせてもらいました。

 と同時に、コストを削っても、こんな対案があるし、そのほうが、結果として、一石二長、三長にもつながるし、それは結局、県民の利益にもなるし、行政職員にとっても、仕事のやりがいにもつながりますよ、ということを意識して伝えたいと思っていました。

 ですから、例えば、ひとり一改革の優秀者に商品券は絶対NGです。

 NGだと表明するとともに、自分の対案として、パブリ(メディア)の活用を出しました。

 取り組んだ職員は新聞記事を見た知り合いに「がんばってるねぇ」と声を掛けられて、ますます仕事へのモチベーションがあがることでしょう。

 県民は県職員もがんばっているんだ、という風に思ってくれるでしょう。

 メディアも中にはこういうプロ意識のある行政職員もいるんだという意識を持ってくれるので、行政叩き一辺倒ではなくなるでしょう。

 あんな誰も読みそうにない、報告事例集を作るより、よっぽどいいですよね。

 空港PRのバッジやウエットティッシュもしかりです。

 僕らはシンポジウムなどを企画して、資料を配布するための封筒は、市内の企業から調達してきます。

 企業にとっても宣伝になるわけですから、いくつか足を運べば提供してくれます。

 チラシを図書館や公民館に置いてもらうよりも、スーパーや薬局に貼ってもらったほうが効果があります。

 足を運んで頭を下げれば、相手は頑張ってるなぁと思ってくれるという効果もついてきます。

 市町の公民館は、顔の見えない県の役人からチラシやパンフレットが送られてきても、適当に山積みにしておくという対応しかしてくれません。

 その他の事業でも、思考の硬直化が散見されましたよね。

 行政では、コストのムダ使いという一元的な損失と、ムダ使いをしているがゆえに、築かれることのない地域でのつながりや広報の不足など二元的な損失が多々あります。

 県だけではなく、国にも市町にもたくさんあることでしょう。

 そのあたりを指摘し、コスト縮減だけでなく、前向きなアイデアが次々と生まれるような場にもしていくことが議会とは違う立場で行政当局と議論する事業仕分けのメリットではないかと思っています。  

Posted by 渡部達也 at 08:27Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年09月24日

震災や台風被害の前に書いた「絆」の大切さ

下で記していてる事業仕分け会場でお会いした親交のある報道関係者に帰宅後、お送りしたメール。

東日本大震災や台風での大きな被害が起こる前、昨年の9月に送ったメールです。


以下


 早いもので中途退職をして、6年余が経過しました。

 6年、市民活動やってきて、表面上の活動はあまり変化がありませんが、実質的な部分は随分と変化をしてきました。

 最近、子どもたちに対する「地域支援」ということが少し見えてきました。

 それは、一人の子どものことをずっと見守ってあげることではないかと。

 年度が替わり進学・進級すると子どもたちは戸惑います。

 とくに、元来、学校になじめない、級友になじめない、学校の評価軸ではいい評価をされないといった子どもたちにとっては。

 そうした中で僕らの活動にはもう何年も来ている子どもたちが出てきて、その子その子の成長の足跡を見てきてあげられているという辺りに、僕らが果たせる役割があるのではないかと。

 そして、それは子どもに対してだけではなく、障害のある人や高齢者に対する「地域支援」というときも同じではないかと。

 法律が代わるたびに処遇が変わったり、市町の合併や行政機関の再編のたびに支援が変わったり、役所の担当者が変わるたびに対応が違ったり。

 それとは違う支援ができるのが地域なんだと。

 Aおばあちゃんのことをずっと知っているCさんがいるという安心感。

 障害のあるBさんのことをずっと知っているDさんがいるという安心感。

 大阪の二幼児放置死事件だったり、大騒ぎとなった100歳を超える人たちの所在が全国各地で未確認となった件だったり、陳腐な表現ではあるけれど、やはり、絆とか繋がりとか支え合いとかお互い様とか、そんなことが大切なんじゃないかなと改めて感じさせられるニュースでしたね。

 そうしたものが見えてくる中で、だからこそ、「相変わらず」頑張ろうと思えてくる自分がいます。

 もちろん、無理のない範囲でやっていこうと思っています。 (といっても、県庁時代よりさらに動き回っていますけど…)

 無理をして取り組むことには、押し付け親切だったり、ありがた迷惑だったりに繋がるありますからね。

 子どもたちの求めることに寄り添いたいと思います。

 親や教師の期待する子ども像を支えるためではなく、子どもそのものを支える活動ができたらとも思っています。  

Posted by 渡部達也 at 08:11Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2011年09月23日

静岡県事業仕分けの担当さんへ

 事業仕分け後に県庁の担当課職員さんに送った労いメールを記録的に。



 仕分け人をさせていただいた渡部です。

 昨日、お会いできなかったので、メールにて失礼します。

 今回、仕分け人に選定された後、担当事業について、短期間で適切に質問事項への回答をまとめていただけたので、仕分け質疑が自分的にはとてもスムーズにできたと感じています。

 感謝を申し上げます。

 今夕も県内メディア各局で特集報道がされるようですね。

 事業仕分けはゴールではなく、スタートであるので、ここからさらに担当さんをはじめ、行政改革課のみなさんの手腕が問われることになると思いますが、庁内である意味では憎まれ役となっても、改革を進められる面々が行政改革課には揃っていると思いますので、みなさんの活躍を一県民として、ご期待しています。

 ありがとうございました。  

Posted by 渡部達也 at 22:15Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年09月23日

静岡県事業仕分け

 2010年に静岡県庁の事業仕分けに仕分け人として参加させていただいた後に、名刺交換を求めてくださった大村副知事に帰宅後、充てたメールを記録の意味で記しておきます。

 (今、読み返すと少し偉そうな感じがしてしまいますが…)



 立ち話で少しお伝えさせていただきましたが、県庁に16年余勤め、自分がやりたいまちづくりを求めて、中途退職し、市民活動をしています。

 今日は両方の経験を活かしながら、事業仕分けに尽力できればと参加させていただきました。

 県庁を辞めた理由の一つともリンクをするのですが、やはり、県庁職員には、事業を組み立て、実施するにあたり、全般的にWHYが欠けているのかなと改めて思いました。

 WHAT-HOW、何をどのように行うかについては、みなさん優秀なので、きちんと説明されるのですが、そもそもWHY、なぜ、その事業を実施しようとしているのか、ということについて物足りなさを感じました。

 事業説明をされている職員の中には、顔見知りも少なからずおり、みなさん、人柄がいいのは承知をしているのですが、どれだけ、行政という仕事に思い入れがあり、県民の税金から給料をいただくからには、その県民の福祉向上のお役に立つんだという志がどれだけあるのかが、見えてこない案件もありました。

 また、費用対効果や成果数値を求められたときに、適切な数字が用意されていないということが何人かのコーディネータから異口同音に指摘されていましたが、そのことと同時に、数字で表せない成果もあるかと思いますが、その場合は、ファンタジーとエピソードといいますか、この事業を展開したことでこんな物語が生まれたよ、こんな逸話がありますよ、というものが聞けたらよかったんだけどなぁと思いました。

 聞けなかったというのは、やはり、机上の仕事になってしまっていて、現場と乖離しているからではないかと感じます。

 本来、県庁職員全員が広報宣伝担当でもあるべきだと思いますが、そこが下手と言われるのは、技術的な課題があるわけではなく、自分の仕事を愛し、それを多くの人に伝えたいという思いがないからだとも思っています。

 どうかそのあたりの点を知事、そして大村副知事が文字通り先頭に立って、醸成をしていっていただけたらと思っています。  

Posted by 渡部達也 at 21:44Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年08月11日

関係の貧困性を改善する

 冒険遊び場たごっこパークを中心としたNPO法人ゆめ・まち・ねっとの市民活動を学ぶ研修に5日間参加されたNさんからのお礼メールに対して返信した内容を少し改変したものを掲載。



 5日間、お疲れ様でした。

 現場の三日間は、いつもよりも人数が少なかったですが、いつも来る濃い(笑)メンバーはほとんど来ていたので、どんな子どもたちの居場所になっているのか、ということは感じていただけたのではないかと思います。

 障害のある子とない子というのは、どこかできちんと線引きができるわけではありません。

 その中間に位置する子どもたちが実はたくさんいます。

 中間に位置する子どもたちは、周囲の人間との関係性の中で、生き生きとする場合もあるし、非行や不登校などの不適応をする場合もある、ということだと思います。

 Nさんのお住まいのお近くで起きた女子高生によるタリウム事件などはそうした「関係の貧困性」が生み出した歪みの表出ではなかったかと思います。

 日曜日にAくんの家に爆竹が投げ込まれたという事件。

 Aくんの周囲の関係の貧困性がよく表れている事件ですね。

 こんなことって尋常じゃないですよね。

 そういう中に日々、身を置いている彼にどう寄り添うか。

 先ずはせめて、ここで、彼と僕ら、彼と他の子どもたち、彼と常連のお父さん、お母さんとの関係性を豊かにしてあげることが必要になってきます。

 公園内での関係性が豊かになれば、冒険遊び場たごっこパークを開催しない日でも、そこで紡いだ関係の中に彼は身を委ねることができるわけです。

 つまり、我が家へ来たり、冒険遊び場たごっこパークの友だちの家に遊びに行ったり、常連のお父さん、お母さんに地域の祭りへ連れて行ってもらったり…。

 僕らにとって、次のステップはこうしたことを地域内で広げることではないと思っています。

 情報発信をして、他の地域でも取り組みが始まるように促し、支援していくことだと思っています。

 そのほうが社会全体を見渡したときに、課題解決に対して効果的だと思うからです。

 Nさんが持っている視点はとても良いと思いました。

 ただ、それを形にするのはとても難しいですね。

 でも、難しいからやらないということではなく、とりあえずは、既存の取り組みの真似事からでもいいから、何らかの形を作ってみるということが大事だと思います。

 後半二日間の座学では、僕らが相当なこだわりを持って、ともすると、他を受け容れずにやっている活動のように見えて、意外といろんな立場の人としたたかに連携していることを感じてもらえたのではないかと思います。

 それは座学でもお伝えしましたが、動き続けることで生まれてきたものです。

 どうぞ、初めの一歩を踏み出してみてください。  

Posted by 渡部達也 at 08:30Comments(0)TrackBack(0)子育ち・子育て

2011年06月14日

市長への手紙~行政の情報発信

 市長に市政に対しての意見を伝える「市長への手紙」という制度を活用して、次のようなことを送りました。

(以下)

 過日、市民協働課からNPO団体に有用な情報のメールが届きました。

 しかし、こんなことが付されていました。

 『なお、今後はこのような情報提供を富士市ウェブサイト上の市民協働課の「お知らせ・関連情報」(http://www.city.fuji.shizuoka.jp/si-kyoudou/oshirase.htm)にて随時行いますので、確認をよろしくお願いします。』

 これに対して、次のような要望をしました。

 『情報サイトって相当に意識していないとなかなかアクセスしません。

 できれば、新情報を掲載ごとにメルマガ的に情報をメールしてくださると、その都度、アクセスするということにつながります。

 ご検討ください。』


 そうしましたところ、すぐに呼応してくださり、その後、度々、有用な情報をメールでいただけており、たいへん、参考にさせていただいています。

 嬉しく、素早い対応でした。

 とかく行政は、情報をウェブに載せただけで、あるいは、チラシをまちづくりセンターに配架しただけで、情報提供をしたと思いがちですが、情報は届けたい相手に届いてこその情報です。

 庁内各課の情報もそれぞれの情報のターゲットに合わせて、効果的に届けるにはどうしたらいいかということをもっともっと試行錯誤され、うまくいった広報、情報発信は、各課で共有する、という体制が望まれます。  

Posted by 渡部達也 at 07:16Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年05月01日

井戸端会議も大切

 子育て・子育ち支援の市民活動団体を主宰する知人から会議を重ねているんだけど、会員相互の意思疎通が充分になされないというお悩みをいただいたので、次のように自分たちの事例をお伝えしました。



 僕らは、会員さんたちと「たべり会」と称する集まりをする時や、 普段の活動の中で話しをする時などに、NPOとして取り組んでいる活動そのものの話はあまりしません。

 冒険遊び場たごっこパークをこんな風にしていこうとか、こんな役割分担をお願いしますとか、そんな話をしないということです。

 で、何を話すかと言うと、身近なところでは、それぞれの子どもの学校での話、 担任のことから始まって、宿題のこととか校則のこととか。

  学校が最近荒れているという話だったりも。

 そこから、さらに大きな教育問題や居場所の話、あるいは少年による社会を揺るがすような事件の話題になったり。

 そして世の中のいろんな価値観、考え方、生き方みたいな話になり。

 そういうことを共有しておくと、結局、僕とみっきーがいろいろと企画することだったりに、賛同を得られやすいということに繋がっていったり、現場で会員さんたちと子どもとの距離感が共通のものを保てたり、ということに繋がっていきます。

 つまり、冒険遊び場たごっこパークはなんのためにやっているんだという「思い」がみんなの中で共有されるということです。

 そんなこともみんなをまとめる一つの方法論だと思います。
 
 参考までに。




知人からこれを受けて寄せられたメール

 なるほど~。
 確かに私たちも、以前はみんなで集まっても雑談8割、会のこと2割くらいで、子育ての話とか学校の話とかばかりしてました。
 会う回数がもっと多かったということもあったと思いますが、いろんな話をしていた頃はもっと気持ちの一体感みたいなものがあったような気がします。

 昨年度から市役所との共働で子育て支援活動を開催してきて、来年度からは委託という形で行うことになりました。
 こうして少しずつ前進し変わっていく中で、集まる回数が減りみんなの気持ちが見えづらくなり、私自身が不安になったり、孤独を感じてしまったりしてたんですね。
 だから「ちゃんと意見交換しなくちゃ!」と少し肩に力が入っていたみたいです。
 もっと肩の力を抜いて、いろんな話をしながら活動への思いを共有できるようにしていきたいと思います。

 素敵なアドバイス、ありがとうございます。  

Posted by 渡部達也 at 08:28Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2011年04月29日

被災地でのボランティア受入制限

 知人から被災地でのボランティアの受入制限という記事を目にするようになったが、どう思うかとメールをいただいたので、ささやかな活動ではあったけど、気仙沼に二日日間行ってきた印象から次のようなお返事をしました。


 今朝の静岡新聞にもとくに連休中のボランティア受け入れを制限するところが大多数と書いてありましたね。

 でも、被災地活動報告会でお見せしたとおり、復興のためにやらなければならないことは山ほどあります。

 現地へ行くと現地の人たちは本当にどこから手を付けたらいいんだろうと途方に暮れるほどの惨状だということが改めて感じられました。

 現実問題としてはボランティアが何万人いても復興には足りないというところだと思います。

 現地の人たちにとって、瓦礫の山は瓦礫の山ではなく、親類縁者たちとの思い出の一つひとつなのです。

 それを毎日、見るのはつらいとおっしゃっていました。

 単純に避難所生活の人たちのそれなりの日々を支えるためのボランティアは確かに足りているのかもしれませんが、そうした思いを解消するための人手や辛い日々を送る人たちの心のケアをするような取り組みができる人手、子どもたちの元気を回復する活動が提供できる人手、その他もろもろ、いくらでも人手は必要だと思います。

 ただ、そうした人手を受入れて活用する機能が現地にないのだと思います。

 平時において、行政や社協などの公的機関には、臨機応変力を培う場面がなく、職員一人ひとりの柔軟性や機動性が磨かれる機会もなく、外部の人を活用する意識もないということが、受入制限問題に繋がっているのだと思います。

 東海地震に備えて、だから、行政や公的機関の職員のそうした意識と力を高める仕掛けが必要なのだと
思います。

 また、僕らが物資を届けたお宅のように、地域のリーダーになれる人たちを育てることと、それを行政が把握をしていることも必要でしょう。

 さらには、NPOのように外部にネットワークを持っていて、行政とは違うルートで物資や資材を調達できる団体を日ごろから把握し、有事にうまく役割分担できるように意思疎通を図っておくことも求められるでしょう。  

Posted by 渡部達也 at 08:18Comments(0)TrackBack(0)社会

2011年04月26日

お題目~学校とNPOとの連携・協働

 「お題目」とは元来は(南無)妙法蓮華経のことを指すが、転用で建前や名目だけで実態を伴わないことを言ったりもします。

 さて、表題の「お題目~学校とNPOとの連携」について。

 行政や教育委員会は近ごろ、しきりに市民との協働、NPOとの協働、地域との連携といったことを施策の柱の一つとして掲げています。

 先ごろ静岡県教育委員会が策定した「静岡県教育振興基本計画「『有徳の人』づくりアクションプラン」でも、『学校とNPO等との連携・協働』は柱の一つに据えられています。

 NPO法人ゆめ・まち・ねっとは、本来は行政・教育委員会に取り組んでほしいが、不足しているものを代行・補完する事業として発達障害に関する研修会を毎年、企画・運営しています。

 今年も発達障害のある子どもの臨床に関しての国内第一人者のお一人、児童精神科医・田中康雄先生を招いての研修会を企画しました。⇒田中康雄先生研修会

 一人でも多くの人に研修会のことを知っていただき、受講していただこうと、静岡県総合教育センター東部支援班が実施するスクールカウンセラーの研修会の参加者にこの研修のご案内をしていただこうと依頼をしました。

 結果は「案内はできない」というものでした。

 理由を尋ねると、「こういう席上で配布をすると県教委がお勧めをしている、お墨付きを与えていると参加者に誤解を与える」というものでした。

 これまでもこういう対応が多かったので、想定内の回答ではありましたが、一方で、上記のとおり、県教委も改めて「NPOとの連携・協働」を高らかに謳ったので、一抹の期待もしていました。

 が、やはり「お題目」にしか過ぎませんでした。

 断りの連絡をしてきた担当者とのやりとりで次のようなことを伝えました。

 ・研修内容がお勧めできるかできないかは、調べればわかることである。今回の田中先生は公的なお仕事もされているし、僕らがお呼びするきっかけになったのは、静岡市・静岡市発達障害障害者支援センターが企画した研修であった。講師の信頼度はそうしたことからすぐ判断できるのではないか。

 ・主催者の信頼性についても、そもそも県が認証し、毎年の報告も義務付けているのに、それでも、こと足りないというのであれば、こと足りるような調査をするべきではないか。

 ・県や県教委はNPOとの連携・協働と絶えず謳っているのに、こうして連携を持ち掛けるといつもこういう対応である。連携・協働のためのルールを設けたらどうか。でないと、いつまでも「お題目」で終わる。

 また、担当者は「県や県教委が後援や共催しているものであれば、チラシ配布も可能」ということだったので、これについても次の意見を伝えました。

 ・後援申請はNPOが下、県教委が上という関係性を前提にしているのではないか。公共的な事業を企画したNPOがなぜ、県教委に後援のお願いをしなければならないのか。むしろ県教委が「まさに学校とNPOの連携に相応しい事業なので、後援させてください」というべきではないのか。


 担当者は申し出を県教委に伝えますとのことでした。

 改めて、県教委や県総合教育センターあるいは県子育て支援課などから、「この催しの参加者にご案内したいので許可をいただきたい」という連絡が来ることを期待して待ちたいと思います。

【4月27日追記】

 県子育て支援課さんより、当方に限らず、県内子ども関係団体の催し物のお知らせなどを積極的に行っていきますとご連絡いただきました。

 ありがとうございます。

 これまでもこちらからの依頼には快く応じてくださっていた子育て支援課さん。

 今後はさらに、子育て支援課さん側から「こんな催しがありますが、何か広報したい情報はありませんか?」といった対応をしていただけるのではないかと期待します。

 こうしたことの積み重ねから、行政と市民、あるいはNPOとの協働が進んでいくことでしょう。  

Posted by 渡部達也 at 08:53Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年04月21日

逆転の発想~お年寄りによる子育て支援

 講演先で知り合った某県老人クラブ連合会で高齢者による子育て支援を担当している方に差し上げたメールです。




 一年、一年、担任が変わる学校とは違い、地域で子どもと関わることのよさは、子どもたちを見守り続けられるということであると思っています。

 その見守り続けるということは、短時間での関わりでもすぐに目につく、子どもの短所、欠点、苦手を把握することではなく、一人ひとりの子どものよいところ、優れたところ、かけがえのないところを見つけてあげられることだとも思っています。

 そう、それはお年寄りにできる一番の子育て支援の方法でもあるのではないかと思うのです。

 イベントでの交流ではなく、地域の中で日常的にお年寄りと子どもたちが顔を合わせるような場づくりをされていったら、5年後、10年後に大きな成果が出てくるのではないかと思います。

 冒険遊び場は難しくても、じいちゃん・ばあちゃんが運営する駄菓子屋さんなんてのは、一つ、いいかも知れませんね。

 それから、お年寄りの力を子育て支援に活用しようとすると、つい、お年寄りの技術を子どもたちに伝承してもらう、という発想に偏りますが、僕は逆の発想もおすすめします。

 例えば、子どもたちがお年寄りにケータイの使い方やパソコンでのインターネットの楽しみ方を伝授するなんていうのはどうでしょう。
 
 子どもたちの技術・知識をお年寄りに伝授してもらうのです。

 何がいいか。

 子どもたちはお年寄りにすごいねぇ、ありがとねぇと褒められたり、感謝されたり、頼りにされたりすることになります。

 子どもたちはまた力になりたいと思い、足を運びますよね。

 するといつしかそこが子どもたちの居場所になっていくのではないかと。

 不登校の子どもたちなんかとくにケータイやインターネットに詳しいです。

 不登校の子どもたちの居場所づくりにもなるかも知れませんよ。   

Posted by 渡部達也 at 07:53Comments(0)TrackBack(0)子育ち・子育て

2011年04月12日

太陽光発電促進付加金とパブリックコメント

 ポストにA5版の小さなリーフレットが。

 「太陽光発電促進付加金のご負担についてのお知らせ」

 知らなかったなぁ。こんな制度が成立していたこと。

 こんな制度です⇒資源エネルギー庁/再生可能エネルギー推進室HP

 このホームページ見たらパブリックコメント(国民の意見をガス抜きのために一応、聞く制度の略)をちょうど、明日まで募集していたので3つの意見を送付してみました。

[意見その1]
 今回の震災で福島原発の大きな事故が起きました。
 事故は日に日に事態悪化に向かっており、酪農品や農産物に対する風評被害を含め様々な被害が生じています。
 こうした中で原発政策推進の是非が改めて国民的に議論され始めた中、この制度そのものもいったん、凍結して、議論をし直してほしいです。
 チラシには「明日のためにみんなでできること」と書いてありますが、その一つは原発を廃止することではないでしょうか。
 太陽光発電促進付加金に国民がこのぐらい協力すれば、この程度の原発を減らせるという指針があるならば喜んで協力します。
 しかし、協力をしても、一方で電力需要はますます高まるから原発も現存させ、かつ、新設し続けるということであるならば、何のために太陽光発電付加金を負担するのかわかりません。
 電力会社は先ず太陽光発電がどのくらい促進されたら、どの程度の原発がいらなくなるのか明示してください。
 それが出るまでは付加金の支払いを拒否します。

[意見その2]
 我が家に届いたチラシによると太陽光発電付加金の算出は使用量×0.03円ということですが、これはどんな世帯でもということですよね?
 もちろん使った分だけ付加金が高くなるという点では妥当かと思いますが、付加金が発生する最低限の基準を設けてもらえませんか。
 貧困家庭がこれ以上、生活に困窮しないために、あるいは節約家庭が優遇されるために、居住人数も勘案した世帯あたりの電気使用量が年間○○円以下の世帯に関しては付加金を追加しないなどの配慮がほしいです。

[意見その3]
 NPO法人の代表をしています。
 NPO法人として非営利活動に供する物件を借りているのですが、NPO法人の中でも収益事業は行わない法人に関しては、減免等の措置をしてもらえないものでしょうか。
 政府は新しい公共の促進を高らかに謳っています。
 自然エネルギーの促進と同じくらいに新たな社会づくりの一翼を担う市民活動の推進という観点からぜひ、ご検討ください。

 

◆4月12日追記
パブリックコメントに対する資源エネルギー庁/再生可能エネルギー推進室の回答が掲載されていました。

3つの意見にまとめて一つの回答。

今後の政策展開において、こうした意見があったことを踏まえて検討してまいります。
また、頂いた御意見のうち、特に全量買取制度につきましては、その検討経緯等については、再生可能エネルギーの全量買取制度の関するプロジェクトチーム会合第1回~第5回や、買取制度小委員会第6回~第12回等を御参照いただければと思います。
(例えば、その中では、国民負担を伴う制度であることに鑑み、買取対象は新設のみとした上で既設設備については何らかの措置を講ずる、サーチャージについては全国一律の単価とする、等としたところです。)

以上

あれこれ考えて、意見を送ったのに、回答はあっさり、ざっくり、これだけ。

意見は僕の3件を含めて全国で32件だけだったようなので、もっと丁寧に回答してほしかったなぁ。

こうして行政は「パブリックコメントで広く国民の意見も聞いた」からと政策を机上でどんどん進めていくんだろうなぁ…。  

Posted by 渡部達也 at 08:03Comments(0)TrackBack(0)行政

2011年03月20日

がっかりな熱海温泉

 15日の静岡新聞の記事を見て、思わずツィッターでつぶやいた。

 「熱海温泉ホテル旅館組合は、市長、知事に対し、夜間停電と週末停電の回避を要望。いったいどういうつもり???おもてなし業の良心を疑う。未曾有の事態、熱海のホテル旅館を被災者の避難場所にという申し入れならわかるが。伊豆は度々被災し支援頂いた側なのに。」


 同旅館宛にメールもしました。(電話番号がわからなかったので)

 今朝の静岡新聞の記事を見て、びっくりしてメールをしています。
 貴組合では、熱海市長、静岡県知事に対して、夜間停電の回避を要望したとのこと。
 さらに、週末の停電回避や計画停電の先々のスケジュールの開示を求めているとも。
 いったいどういうつもりでこんな要望をしているのでしょうか?
 おもてなし業の最先端であるべきみなさんの良心を疑います。
 未曾有の事態において、熱海のホテル旅館を被災者の避難場所として使ってくださいという申し入れならわかります。
 よりによって、自分たちのところだけは、なるべく通常営業したいとはどういうことでしょう?
 しかも、伊豆のみなさんは、これまでたびたびの災害において、全国のみなさんに支援をいただいてきた立場。
 今回は恩返しをする千載一遇の機会が訪れたのではないですか?
 一刻も早く、要望を取り下げることを期待します。


 そして、熱海市役所にも電話しました。

 今朝の静岡新聞の記事を見て、びっくりして電話をしました。
 熱海温泉ホテル旅館組合では、熱海市長、静岡県知事に対して、夜間停電の回避を要望したとのこと。
 その要望に対して、市長は「最大限、東電に働きかけたい」と回答したと。
 どういうことですか?
 ホテル旅館業のみなさんにとっても、当面、被災地の人たちに積極的に協力をしていくことで、復興したらまた観光客として熱海を訪れようということにもつながると思います。
 市長のしかるべきリーダーシップに期待しています。


 こんな動きをしてみましたが、もちろん、一平民の声など届くはずもなし。

 18日の静岡新聞を見て、またまたツィッターでつぶやいた。

 今朝の静岡新聞「熱海温泉ホテル旅館協同組合…『当面、見送りが明日以降は実施対象?東電は国語の勉強をし直したらどうか』」国語の勉強をし直すべきは熱海温泉では?『おもてなし』という言葉を。

 現在の状況で計画停電が二転三転してしまうのは致し方ないこと。

 全国各地では熱海温泉の姿勢とは逆の取り組みが続々と聞かれます。

 たとえば「大分県旅館ホテル生活衛生同業組合は県内の旅館やホテルに対し、被災者の受け入れについて協力を呼びかけました。」といったニュース。

 あるいは山形県でも「宿泊や入浴に困る被災者を支援するため、県内では、被災者に通常の半額以下から3分の2程度の料金で宿泊を提供する温泉旅館が出てきた。県旅館生活衛生同業組合(理事長・佐藤信幸古窯社長)が各地の温泉組合に呼び掛けて実現した。」というニュース。

 こうした取り組みは結局、別府温泉や山形の温泉のファンになってもらうことにもつながるはず。

 熱海温泉ホテル旅館協同組合には、大所高所の判断を望みたいものだ。  

Posted by 渡部達也 at 16:38Comments(0)TrackBack(0)社会

2011年03月16日

東北関東大震災に際して~「おもしろ荘」で避難者受け入れ

 NHK(テレビはないのでインターネット/ニコニコ動画)を見ると、今日、明日にも倒れそうな人ばかり。

 静岡も昨夜、大きな地震があり、決して安全とは言えませんが、NPO法人ゆめ・まち・ねっとの建物2棟「おもしろ荘」と「たごっこはうす」で20人程度、避難所並みでもよければ最大40人程度の受け入れができますよと福島県老人クラブ連合会の職員さんに申し入れをしました。

 少なくとも寒さについては、東北より格段に凌ぎやすいですからね。

 職員さんは、1月に福島県いわき市に講演に行かせていただいた際、知り合いになった方。

 NPO法人ゆめ・まち・ねっとの活動に共感をしてくださり、先日、「たごっこはうす」に宿泊して、冒険遊び場たごっこパークの視察にいらっしゃいました。

 大阪では知事が先頭に立って、新潟、山形などでは、ホテル旅館が避難者の受け入れをするといった話題が聞こえてきています。

 全国各地にそうした受け入れ態勢が整えば。   

Posted by 渡部達也 at 23:27Comments(0)TrackBack(0)社会

2011年03月16日

浜岡原発、この期に及んでまだ「産・官・報」複合体は、推進前提

静岡新聞のサイトより

浜岡、防波壁設置へ 数年かけて12メートル超(3/16 07:49)

 中部電力は15日、東日本大震災による東京電力福島第1、第2原発の事故を受けて、津波を防ぐ防波壁の設置など浜岡原発(御前崎市佐倉)で実施する中長期的な対策を明らかにした。同日、浜岡原発を視察した同市議会原子力対策特別委員会と市幹部に報告した。
 中電によると今回、福島第1原発では1〜3号機で外部電源が断たれた上、非常用のディーゼル発電機も津波の影響で故障した。福島第2原発では1、2、4号機で圧力抑制室の温度を除熱するための海水ポンプに不具合が生じたという。
 中電は既に、浜岡原発内の非常用ディーゼル発電機や海水ポンプの点検を始め、発電機車も新たに2台配備。同日は市議たちがこれらの設備を視察した。このほか、敷地周辺の3カ所で大気中のセシウムなどの濃度を測定しているダストサンプリングを2カ所増やし、監視を強化した。
 中電は中期的な津波対策として海水ポンプの周辺を防水板で囲う方針も伝え、長期的には海岸と発電所敷地の間に高さ12メートル以上の防波壁を建設する計画を説明した。
 防波壁について梶川祐亮発電所長は「具体的な設計や工事があり、数年かかる」との見通しを示したが、石原茂雄市長は「住民は福島の事故で不安を感じている。明日からすぐにでもやるというぐらいの前向きな姿勢を示してほしい」と強く求めた。水谷良亮浜岡原子力総合事務所長は「できるだけ早く進める努力をする。このほかにも所内でさまざまな対策の検討をしていく」と答えた。


【以下、たっちゃん意見】
 昨夜も大きな地震があった静岡県。東海地震もいつ起こってもおかしくないと言われ続けている。

 そうした中での東北関東大震災。そして福島原発の東電自称「想定外」の大問題。

 それでも、「数年かけて防波壁」といっている中部電力の無神経。

 理解不能だ。

 さらに理解不能なのは、地元市長がその対策を「すぐにでもやる」ようにと、原発の継続を所与の前提に要請していること。

 地元市民のみなさんはどう思っているのでしょうか?

 市長も中電もまずやるべきは、この事態を受けて、改めて、原発を継続するのか、廃止するのか、そこから住民と議論することではないだろうか。

 さらに考えられないのは静岡新聞の社説。

 紙上で、原発をめぐる政府・東電の対応を糾弾しているのに、静岡県内の原発に対して、この大事故の「経験を今後の原発に反映を」と原発継続を所与の前提に社説が展開されていること。

 昨日の静岡新聞でも編集委員が「津波被害も最悪を想定し、計画を具体的に練り直すとともに具体的な対策に乗り出さなければならない。」「次に何か起きても決して『想定外』と言わないために。」と書いている。

 いやいや、想定外は絶対に起こるでしょ。

 所詮、最後は人間がやることなんだから。

 福島原発は連日、想定外の繰り返しなんじゃないですか。

 それらをすべて想定内に収める対策なんて、どのくらいの時間と費用が掛かるのでしょうか?


 社会学者・宮台真司さんがツィッターでも糾弾しているが、産・官・報複合体の非市民感覚には驚かされるばかりだ。

 先ずできることとして、来月予定されている県議選において、原発反対を明確にする候補に投票することから始めようと思う。

 そして、小さな発信でもこのブログやツィッターや知人との語り場などで上記のようなおかしな事態を指摘し続けようと思う。  

Posted by 渡部達也 at 14:47Comments(2)TrackBack(0)社会

2011年03月15日

「減税日本」の躍進に危惧

 直前まで注目を浴びていたが、震災により小さなニュースにならざるを得なかった名古屋出直し市議選。

 戦前の予想どおり、河村名古屋市長・大村愛知県知事が牽引する地域政党「減税日本」が大躍進。

 ⇒中日新聞記事

 当初は行政や議会の無駄をなくし、減税もし、利権団体のために行われる不要不急の施策から市民が本当に必要とする施策に重点を移すのかと期待したが、なんと、小沢一郎さんと連携

 名古屋市民はなぜ、そこに目を向けず、減税日本を支持してしまったのだろう…。

 いや、それでも過半数を許さなかったのだから、良識的な判断と言うべきか。

 選挙がたびたび繰り返されるのもまた税金の無駄使いになってしまうのだが、しかし、今後の河村市長と減税日本の施策に注目をして、真に市民のためにならないような政治・行政が展開されるようであれば、ぜひ、NOを突きつけてほしい。  

Posted by 渡部達也 at 16:06Comments(0)TrackBack(0)政治

2011年03月15日

静岡新聞の冷徹な見出し

 2011年3月15日付け静岡新聞の見出し。東京電力の計画停電に対して、「情報迷走 対応に奔走」、「振り回された店、病院」、「早朝から関係者困惑」。

 なんでこんな冷徹な見出しを。

 もう少し、やさしい見出しが付けられなかったものだろうか…。

 計画停電をしないと突然停電で大混乱をきたす可能性がある中で、それでも、その計画停電も必要最小限に抑えたいと東京電力の職員さんたちは懸命に動いてくれているはずだ。

 東電には、励ましの声などおそらくほとんどなく、怒声、罵声が寄せられていることだろう。

 自分自身の親類縁者が被災地に居住していて、安否がつかめない、あるいはすでに亡くなっているという立場にいる人もいることだろう。

 たしかに店、病院、関係者は振り回されたのかもしれない。

 それでも、静岡県内で一番、影響力のある静岡新聞には、「東電 懸命の対応」、「東電職員 不眠不休で停電阻止に」といった見出しを付けてほしかったなぁ。  

Posted by 渡部達也 at 08:04Comments(2)TrackBack(0)社会

2011年03月01日

地域主権

 4/10(日)の県議選に磐田市選挙区から立候補を予定している知人・柏木たけしさんから次のようなメールが届いた。

 私は「民主でも自民でもない『地域』という選択」を合言葉に
 ①民生部門など住民密接な政策は混乱する中央政府の影響を受けず地域の特色も考えうる地域主権と自由に住民目線で動ける地方議員の養成

 「儲かる一次産業、強い工業、潤うサービス業」にすべく
 ②赤字の静岡空港から、地域の産物を輸出し外貨を稼ぎ、輸出産業と両立し、各種施策の財源としていく景気対策を訴えております。

… … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … …

 これに対してこんなメールを返信した。

 「新しい公共」という言葉がよく聞かれるようになりました。

 そうした中、地域主権というのは、まさに、この新しい公共、つまりは既存の地域社会・組織、市場(民間)、政府・自治体での取り組みでは充分に対応できなかった公共需要、あるいは、むしろ事態を悪化させていた公共的課題に対して、きめ細かく対応する仕組みを作るということだと思っています。

 切磋琢磨する都市間競争は大歓迎ですが、都市間格差が広がるような地域主権では困ります。

 多い声、大きな声から出発する中央集権から、少ない声、小さな声、だけれども大切な声に応える地方主権への転換の旗振り役となることを期待しています。  

Posted by 渡部達也 at 08:32Comments(1)TrackBack(0)政治

2011年02月16日

新しい公共支援事業

 新しい公共支援事業というのが政府⇒都道府県+市区町村で行われることになりそうです。

 詳しくは⇒内閣府・新しい公共支援事業

 この事業の説明会の案内が静岡県庁から届きました。

 事業の柱の一つに「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」というのがあり、「NPO等と連携し、都道府県・市区町村または地方自治体を含む協議体が応募した事業を実施」という説明が付いています。

 これについて、こんな意見を県担当者に送りました。(ブログ用に一部、改変)

… … … … … … … … … … … …

 僕は「新しい公共」について次のように認識しています。

 公共サービスというのは、大昔はすべて地域で賄っていたが、やがて物流や貨幣の登場により、市場という仕組みが必要になり、その拡大により政府・行政が必要になっていった。

 現在では、行政と市場(主に営利企業)と地域がそれぞれの特性の中で公共を担っているが、その三者では担いきれない新たな公共的課題が出てきた。

 たとえば、ゆめ・まち・ねっとが取り組んでいる子どもの豊かな育ちに関しても、行政は学校や幼稚園、保育園、児童館、福祉事務所等々を提供し、市場は私立の学校、幼稚園、保育園のほか習い事、お稽古事、
学習塾などを提供し、地域は親、祖父母、近所の人、子供会等々が担い手となってきた。

 しかし、小中学校の不登校12万人といった数字をはじめ、虐待、子どもの自殺、いじめ、校内暴力等々様々な社会的課題が山積している。

 そうした新しい公共の課題に対して、NPOなどの市民活動が担い手として新たに登場してくるようになった。

 というように考えてくると、協働はあくまでも手段であって目的ではないわけですから、新しい公共的な課題の解決のためには、NPOにとっては、行政なんかと協働しないほうがうまくいく場合も多々あると思うのです。

 僕らが向き合っている様々な課題を抱えた子どもたちについては、学校や福祉事務所、児童相談所が入ったら、大事(おおごと)になるだけで、うまくいくどころか、その逆になるだろうことが容易に想像されます。

 「支援」とか「対策」といったものではなく、その子に寄り添う、向き合う、ハラハラと心配しながらも、その子の育ちを信じて見守り続けるだけで、いつか解決されていくこともあります。
 不登校や非行の問題はとりわけそうだと思っています。

 そうしたことに取り組むNPO活動が安定的に継続されていくためには、求めるのは行政との運営上の協働ではなく、行政からの活動場所の提供や税金の再配分による資金的な援助に留まる支援です。

 もちろん、その分、NPO活動に対する評価は行政側からあるいは外部審査会から厳しくやっていただくことを大いに歓迎します。
 NPOの活動の成果が評価され、施策化されていくことは、社会の中に安全網を広げていく上で欠かせないことですから。
 それにそれでこそ、「モデル」事業ですし。

 ということで、「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」については、自治体や自治体を含む協議体が主体で、NPO等を連携先に選ぶという旧来の枠組み+αを事業実施主体にするのではなく、「新しい」ということですから、NPOが主体で、かつ、協働ありきではなく、もっと幅広く、柔軟にモデル事業を採択し、実施する方向性を考えてほしいと思います。  

Posted by 渡部達也 at 13:47Comments(2)TrackBack(0)行政

2011年02月04日

小沢氏党員資格停止6カ月で調整 民主党、月内決定目指す

静岡新聞掲載の記事「小沢氏党員資格停止6カ月で調整 民主党、月内決定目指す」

 民主党執行部は3日、強制起訴された小沢一郎元代表の処分問題で検討する「党員資格の停止」の期間について、規定の上で最長の6カ月とする方向で調整に入った。政治とカネ問題に一定の「けじめ」をつけることで野党から国会運営での協力姿勢を引き出したい考えで、2011年度予算案の衆院通過が見込まれる今月末ごろの処分決定を目指す。ただ3日の臨時役員会では処分の是非をめぐり参院幹部らが反対論を展開し、方向性を出せなかった。決着までには曲折が予想される。
 党員資格の停止は、党倫理規則に定めた処分の中で最も軽い。執行部は、停止期間満了時に小沢氏の裁判が終了していない場合はさらに延長することも想定している。菅直人首相は記者団に「時間を切るよりも、役員会で十分議論して判断すべきだ」と述べた。
 岡田克也幹事長は臨時役員会で、過去に本人や秘書が刑事事件に問われた国会議員の処分例を説明した上で、出席者に意見を求めた。
 石井一副代表は自発的な離党への期待感を表明。安住淳国対委員長は「あまり時間をかけていると国民から見放される」と、処分を前提に急いで結論を出すべきだとの考えを示した。一方、輿石東参院議員会長は処分は必要ないとの持論を展開。平田健二参院幹事長は裁判で決着をつければいいとの認識を強調した。

… … … … … … … … … … … …

 さて、僕の意見ですが、時間の無駄だと思いますよね。

 だって、会わなくたって、お互いに岡田さんはこういう意見、輿石さんはこういう主張って、わかってることじゃないですか。

 会って話をしたら、なるほど相手の主張に納得した、となるなら、こうして国会議員が膝を突き合わせて、会談を重ねる意味はあるでしょう。

 でも、もう何ヶ月も上に登場する人たちの立場は、それぞれ、良くも悪くも変わったことはないですよね。

 こんなことしている暇があったら、それぞれの議員が生活に困っている人を支援している現場、障害のある人たちを上手に支援している施設、苦労しながらもキラリと光る経営をしている中小企業などを訪問して、それを報告し合うとか、もっと、ましな時間の過ごし方をしてほしいものです。

 きっと、そういう時間の過ごし方を重ねたら、政治とは何をなすべきものなのかが少しは見えてくると思うんですけどね。  

Posted by 渡部達也 at 11:41Comments(0)TrackBack(0)政治