2011年11月23日
子どもの遊びの大切さ
だから、そのことの大切さを国民の多くは意識していなかったでしょう。
しかし、戦後の目覚しい復興と引き換えに大気は汚れました。
水は今や井戸や蛇口から飲むものではなく、ペットボトルやサーバーを購入して飲むものに変わってしまいました。
失われてからその大切さ、ありがたさに気付き、気付いたときにはもう手遅れになっていました。
同様に子どもたちの遊びもかつては、子どもはほっといても遊ぶ人種でしたし、社会がそれを許容していましたから、だれも大切さを説いたりしませんでした。
家でゴロゴロしていると、外で遊んできなさいと叱られるぐらいでした。
いつしか子どもたちが自由に遊べる環境が失われ、それと呼応するかのように、校内暴力、不登校、いじめといった問題が顕在化してきました。
今や子どもたちの30人に1人は不登校です。
しかも年間30日以上という統計上の数であり、氷山の一角に過ぎない数字です。
ひょっとするともう手遅れなのかもしれませんが、それでも大気汚染や水質汚濁をなんとかしようとする方たちがいるように、僕らは子どもたちの遊びの環境の大切さを発信し続けようと思っています。
2011年11月23日
奉仕活動・体験活動
⇒こちら
奉仕活動・体験活動という名称は、非日常的な感じを受けませんか?
特別に奉仕する日、体験する日、みたいな。
娘が通った中学では、一年に一回だけ、保育施設や高齢者施設を訪問する「奉仕活動」がありました。
同じく小学校では、年に一回だけ、伝承遊びを楽しむ「体験活動」の時間がありました。
僕らが冒険遊び場たごっこパークでイベントもやらない、プログラムもやらないというのは、非日常体験の場にしたくないからです。
大人からしたら一見、変わり映えのしない営み、だけど、子どもたちからしたら、季節、天気、集う仲間、その日の気分などなどが違えば、違う遊びが展開し、違う人間関係が育まれるというのが本当に必要な時間なのだと思います。
大人が無駄なこと、無理なこと、無意味なことと思うようなことに一生懸命、没頭できる日常が子どもたちからどんどん奪われているような気がしますよね。
今を生きることが許されず、未来に勝ち組になるためだけの今日を強いられているように感じるのです。
2011年11月23日
行き場所、息抜き場所、居場所
遠く県外から僕らの主宰する「冒険遊び場たごっこパーク」に参加してくださるご家族が何組かいらっしゃる。大抵の場合は、生きづらさを抱える子どもとそのお子さんに懸命に向き合う日々を送ってらっしゃる親御さんです。
そうした子どもたちが思春期をなるべく安定した状態で迎えるためにも、地域の中に居場所があるといいなと思う。
これまで、出会ったころには、「いやぁ、この子は手が付けられないなぁ」と思うような子でも、長い付き合いの中で人間関係を育むことができています。
そういう意味で言うと、冒険遊び場たごっこパークは残念ながら県外の子どもたちの居場所にはなり得ないと思っています。
冒険遊び場の良さは、地域の中のいつもの場所で、いつもの顔ぶれがいて、いつもの時間が流れているというところにあるんだと思います。
本来、見通しが立たないことが苦手なゆえに様々な生きづらさを抱える子どもたちが、プログラムやタイムスケジュールがない冒険遊び場になぜかはまるというのは、場全体の雰囲気に安心感を持てるようになるからだと思うのです。
僕らは専門家ではないので、長く、そして日々、関わる中で、ようやく子どもたちとの関係を育んでいくことができます。
もちろん、試行錯誤を重ねても、関係性が取れない子どもたちもいます。
それでも、7年間、変わることなく必ず僕らがいるというのは、子どもたちの居場所を築く上で大きな要素かなと思っています。
先日も小学5年生のときに出会った子どもが大学の推薦入試を終えたその足で冒険遊び場たごっこパークに寄ってくれたり。
ただ逆に言うと、県外からいらしてくれる子どもたちとは、たごっこパークの子どもたちと紡いでいるような関係を築けるだけの技術を持ち合わせていないということであり、いつも心苦しく思っています。
本当の意味での居場所にはなれませんが、子どもたちが望むようであれば、いつでもどうぞとは思っています。
行き場所になっているうちに、息抜きの場所ぐらいにはなれるかなと思いますので。
2011年11月23日
試行錯誤
子どもたちとの関係づくりも親との関係づくりも、そして市民活動に共感をいただくための仕掛けもずっと試行錯誤しています。
試行錯誤するときに大事にしていることは、そして、視察に来るたくさんの大学生などにもいつも伝えていることは、『何をどうやるか』について試行錯誤するのではなく、『なぜそれをやるのか』について試行錯誤することが大切だということです。
『What-How to』をいくら試行錯誤しても、もとになる『Why』がきちんとないと、ただのブレになってしまうと思うのです。
使命、志、思い、夢…そうしたものに根ざしていないと、例えばイベントをやっても、フォーラムをやっても、「仏作って魂入れず」では、どんなに人が集まっても、それがまちづくり、地域づくりにはつながらないと思うのです。
2011年11月18日
子どもの居場所づくり、はじめの一歩
理由あって、過日掲載した記事を改編して再掲します。
全国で「プレーパーク(冒険遊び場)」と呼ばれる遊び場が広がっています。
大人が子どもたちに自由な遊び場を提供しようとする活動です。
子どもたちの中から自然発生的にできていった昭和の時代の遊び場とは違い、遊ぶ仲間、空間、時間が奪われた子どもたちに、大人が遊び場を返そうと取り組んでいる活動です。
このプレーパークを地域の中で立ち上げようとするときに、地域への広報的な要素も含んでいるという理由で、当初から大々的に広報し、たくさんのスタッフを配置し、受付を作り、遊び方に困らないように、プログラムを用意したり、ターザンロープやモンキーブリッジがあったり、みんなが満足できるようにたくさんの工具が用意されていたりという事例に出会うことがあります。
でもそれは、回を重ねるごとに子どもたちの遊び場になっていくということが生まれないように思います。
いつまでも迎え入れる側とお客さんという関係が続いてしまうような気がするのです。
遊び方を知らないと言われている子どもたちが主体的に遊ぶような環境に持っていくためには、「遊ばせてあげる」という仕掛け方をするのではなく、気軽に遊べるようなイベントやプログラムは用意されていないけど、何でも自由に遊んでいいんだよという雰囲気だけは提供する、そんな仕掛け方がいいように思います。
また、自由に遊ぶ中で起こりうる怪我や事故の程度を軽減するという観点から、もう少し地道な立ち上げをしていったらいいのではないかと体験的に思います。
それでも関心を持って遊びに来るような子どもたちと少しずつ遊び場を育んでいったら、子どもたちも遊びの中でのいろいろな経験値が徐々に上がっていきます。
そうした中で初めての子がちらほら来始めるようになると、いわゆる常連組の子どもたちが上手に遊びを受け渡していったり、危険を教えたり、という迎え入れ方をしてくれるようになっていきます。
それは昭和の遊び場ではどこでも見られた光景ではないかと思います。
少なくとも自分が育った遊び場はそんな感じでした。
そして、冒険遊び場たごっこパークは今、まさにそんな雰囲気です。
かつて、勤務していた富士山こどもの国というプレーパーク的な要素も取り入れた公園の運営に携わっていた経験で言うと、やはり大きなイベントを開催する日は、怪我、事故、迷子、苦情、批判等がたくさん出ました。
そして、スタッフはそれらの対応に追われました。
もちろん、結果としてたくさんの満足を提供することもできます。
でもそれは、ディズニーランド的な「お客さん」としての満足でした。
地道なところから始めると、子どもの成長だけでなく、大人の共感の輪も実は広げやすいです。
なぜなら、初めて来ましたという人が少ないので、毎回、毎回、その初めて来ましたの人にじっくり対応することができるからです。
先日もこんなことがありました。
隣市から初めて遊びに来たお母さんと三人兄弟。お母さんに何で知ったのか、どこから来たのか、そんなことを聞くと、県外から隣市に転居してきたが、子どもたちを遊ばせられる場所がなく、情報誌でたごっこパークのコラムを読んで、これだと来ました、と。
そんなあたりから、遊び場談義になったり、子どもたちを取り巻く環境談義になったり、お国話になったり。はじめ、お母さんたちにまとわりついていた三兄弟もじきに遊びだし、4年生の男の子と2年生の女の子も川遊びに参加。
川で溺れかかったり、セメント護岸を登ろうとしてあっちこっち擦り剥いたりもしました。帰り際お母さんが「濃い体験を次々にしたので今日は帰ります(笑)また来ますのでよろしくお願いします」と。
お兄ちゃんに「何かレスキュー隊みたいだったね」と声を掛けると満面の笑み。お母さんが「この子、レスキュー隊になりたいんですよ(笑)」と。
初めて来たお父さん、お母さんたちと話をしていると、近くに思いっきり遊べる遊び場がない、不登校の子でも遊べる場所だと聞いたから、スクールカウンセラーから勧められて、障害があるんだけどそうした子もいると聞いて、といった理由などがよく聞かれます。
地道にやっていると、そして、イベントやプログラムに追われることがないと、あるいは遊び方の指南や怪我の対応などに追われることがないと、そうした親御さんたちの話にじっくりと耳を傾けることができます。
それは活動への共感を生むことにつながりますし、結果として、事故や怪我に対する苦情という心配のタネを軽減してくれることにもつながります。
北海道大学大学院の田中康雄先生がご専門の生活障碍(俗に言う発達障害)のある子の支援について、ネットワークよりもノットワークをとおっしゃっていました。
ノット(knot)は結び目という意味です。
関係機関の連携(ネットワーク)よりも、個人のつながり(ノットワーク)の方が、実は強い力になるという主旨です。
これは、自分たちの冒険遊び場づくりにも通じるなぁと我が意を得たりという感じでそのお話を聞いたことがあります。
生きづらさを抱える子どもたちの困りごとの多くは、周囲の人間との関係性の中で生まれたり、増幅したりするんだということが、子どもたちと付き合ってきて、見えてきたことです。
プレーパーク(冒険遊び場)は、困りごとを生んだり、増幅させたりするような人間関係が生じない場所でありたいと最近、強く思います。
ちなみに「冒険遊び場は」というのは、僕の中では、「冒険遊び場をやっている公園は」という意味ではなく、『冒険遊び場で出会った者同士の日常は』という意味に限りなく近いです。
全国で「プレーパーク(冒険遊び場)」と呼ばれる遊び場が広がっています。
大人が子どもたちに自由な遊び場を提供しようとする活動です。
子どもたちの中から自然発生的にできていった昭和の時代の遊び場とは違い、遊ぶ仲間、空間、時間が奪われた子どもたちに、大人が遊び場を返そうと取り組んでいる活動です。
このプレーパークを地域の中で立ち上げようとするときに、地域への広報的な要素も含んでいるという理由で、当初から大々的に広報し、たくさんのスタッフを配置し、受付を作り、遊び方に困らないように、プログラムを用意したり、ターザンロープやモンキーブリッジがあったり、みんなが満足できるようにたくさんの工具が用意されていたりという事例に出会うことがあります。
でもそれは、回を重ねるごとに子どもたちの遊び場になっていくということが生まれないように思います。
いつまでも迎え入れる側とお客さんという関係が続いてしまうような気がするのです。
遊び方を知らないと言われている子どもたちが主体的に遊ぶような環境に持っていくためには、「遊ばせてあげる」という仕掛け方をするのではなく、気軽に遊べるようなイベントやプログラムは用意されていないけど、何でも自由に遊んでいいんだよという雰囲気だけは提供する、そんな仕掛け方がいいように思います。
また、自由に遊ぶ中で起こりうる怪我や事故の程度を軽減するという観点から、もう少し地道な立ち上げをしていったらいいのではないかと体験的に思います。
それでも関心を持って遊びに来るような子どもたちと少しずつ遊び場を育んでいったら、子どもたちも遊びの中でのいろいろな経験値が徐々に上がっていきます。
そうした中で初めての子がちらほら来始めるようになると、いわゆる常連組の子どもたちが上手に遊びを受け渡していったり、危険を教えたり、という迎え入れ方をしてくれるようになっていきます。
それは昭和の遊び場ではどこでも見られた光景ではないかと思います。
少なくとも自分が育った遊び場はそんな感じでした。
そして、冒険遊び場たごっこパークは今、まさにそんな雰囲気です。
かつて、勤務していた富士山こどもの国というプレーパーク的な要素も取り入れた公園の運営に携わっていた経験で言うと、やはり大きなイベントを開催する日は、怪我、事故、迷子、苦情、批判等がたくさん出ました。
そして、スタッフはそれらの対応に追われました。
もちろん、結果としてたくさんの満足を提供することもできます。
でもそれは、ディズニーランド的な「お客さん」としての満足でした。
地道なところから始めると、子どもの成長だけでなく、大人の共感の輪も実は広げやすいです。
なぜなら、初めて来ましたという人が少ないので、毎回、毎回、その初めて来ましたの人にじっくり対応することができるからです。
先日もこんなことがありました。
隣市から初めて遊びに来たお母さんと三人兄弟。お母さんに何で知ったのか、どこから来たのか、そんなことを聞くと、県外から隣市に転居してきたが、子どもたちを遊ばせられる場所がなく、情報誌でたごっこパークのコラムを読んで、これだと来ました、と。
そんなあたりから、遊び場談義になったり、子どもたちを取り巻く環境談義になったり、お国話になったり。はじめ、お母さんたちにまとわりついていた三兄弟もじきに遊びだし、4年生の男の子と2年生の女の子も川遊びに参加。
川で溺れかかったり、セメント護岸を登ろうとしてあっちこっち擦り剥いたりもしました。帰り際お母さんが「濃い体験を次々にしたので今日は帰ります(笑)また来ますのでよろしくお願いします」と。
お兄ちゃんに「何かレスキュー隊みたいだったね」と声を掛けると満面の笑み。お母さんが「この子、レスキュー隊になりたいんですよ(笑)」と。
初めて来たお父さん、お母さんたちと話をしていると、近くに思いっきり遊べる遊び場がない、不登校の子でも遊べる場所だと聞いたから、スクールカウンセラーから勧められて、障害があるんだけどそうした子もいると聞いて、といった理由などがよく聞かれます。
地道にやっていると、そして、イベントやプログラムに追われることがないと、あるいは遊び方の指南や怪我の対応などに追われることがないと、そうした親御さんたちの話にじっくりと耳を傾けることができます。
それは活動への共感を生むことにつながりますし、結果として、事故や怪我に対する苦情という心配のタネを軽減してくれることにもつながります。
北海道大学大学院の田中康雄先生がご専門の生活障碍(俗に言う発達障害)のある子の支援について、ネットワークよりもノットワークをとおっしゃっていました。
ノット(knot)は結び目という意味です。
関係機関の連携(ネットワーク)よりも、個人のつながり(ノットワーク)の方が、実は強い力になるという主旨です。
これは、自分たちの冒険遊び場づくりにも通じるなぁと我が意を得たりという感じでそのお話を聞いたことがあります。
生きづらさを抱える子どもたちの困りごとの多くは、周囲の人間との関係性の中で生まれたり、増幅したりするんだということが、子どもたちと付き合ってきて、見えてきたことです。
プレーパーク(冒険遊び場)は、困りごとを生んだり、増幅させたりするような人間関係が生じない場所でありたいと最近、強く思います。
ちなみに「冒険遊び場は」というのは、僕の中では、「冒険遊び場をやっている公園は」という意味ではなく、『冒険遊び場で出会った者同士の日常は』という意味に限りなく近いです。
2011年11月01日
キャッチフレーズ
「街にサプリ」…サプリって勝手なイメージなんですけど、本来、旬の食べ物、地の食べ物で摂取すべき栄養を安直に補ってくれるカプセル、タブレットという感じがします。
旬の食べ物、地の食べ物には、文字通り「いただきます」の感謝の気持ちが浮かびます。
野菜、魚、肉の命をいただくということであり、それらの食材を育てたり、飼育されたりしてくださった方々の労苦をいただくということであるかと。
ほかにも調理された方への感謝も込められますね。
でも、サプリって、もちろん、その開発に携わっている人たちはいるものの、感謝を込めて「いただきます」という感じは湧かないですよね。
キャッチコピーは文字通り、注目をキャッチするためのものなので、「街にサプリ」は確かに「おっ」と思うし、斬新な感じはします。
アイキャッチとしては「ウマい!」と思います。
が、やっぱり、まちづくり、地域づくりには、思いや志や使命みたいな泥臭い、あるいは青臭い感覚も大切だと思うので、もう少し、そうした思いが込められているようなキャッチコピーがいいかなぁと思ったりもしました。
「街にサプリ」に準ずるなら、「街に種蒔き」とか「街を耕せ」とかですかねぇ。
2011年10月26日
心が折れるより、骨が折れるほうがましだ
僕と妻が主宰する子どもたちの居場所づくり「冒険遊び場たごっこパーク」では、ご覧のような『Better a broken bone than a broken spirit』と記した看板を掲げています。
また、地域に配布する会報チラシにはこの和訳『心が折れるより、骨が折れるほうがましだ』をいつも記しています。
これについて、県外から視察に来られた方から後日、こんなメールが届きました。
「Better a broken bone than a broken spirit~心が折れるより、骨が折れるほうがましだ」という言葉。
とてもいい言葉ですね。
造形教室をやっていても、夏キャンプをやっていても親御さんから言われる言葉はいつも同じ「けがをさせないようにお願いします」。
だけど、達也さんの、通信の文章などを読んでいて救われるような気がしました。
わたしも、この言葉を友に戦っていきたいと思います。
お返事を次のように書きました。
これは冒険遊び場づくりに取り組む仲間がイギリスの冒険遊び場との交流でロンドンに行ったときに、彼らが着ている揃いのTシャツにプリントされていて、すごくよかったからと、購入して帰ってきたのを見せてもらったのです。
活動の中でこれまで骨折も何度かありますし、縫うほどの裂傷や大火傷も起きています。
でも、一度もそのことを問題にされたことはありませんし、むしろ「迷惑掛けてすいません」とか、応急治療に対して「ありがとうございました」という言葉をいただいていますし、以来、参加しなくなったということはありません。
市民活動においては、「What&How-to」、何をどうやるかではなく、「Why」、つまり、
なぜやるのかが大切なのだと思います。
それをどうしっかりと伝えていくかということですよね。
自分たちの場合は、視察でもお伝えした思い、志を形にしていくなかで、心が折れかかっている子どもたちにたくさん出会うようになりました。
そうした子どもの親は心が折れないようにということを願っているので、骨が折れたって、と思って
くださるのでしょうし、「けがをさせないようにお願いします」なんていうことは言ってこないということに繋がっているのでしょう。
2011年09月25日
どじょう選びの代表選ではなく
先のどじょう選びの時ではなく、2010年9月の民主党代表選についてです。
※代表選の経緯とデータはこちら⇒ウィキペディア
渡部です。
選挙結果を見ますと、正直、民主党にも多くの期待はできないなと感じています。
選挙前によく「資質のない人=管さん」と「資格のない人=小沢さん」の戦いだとメディアで揶揄されていましたが、それでも、どちらがよりましかと言えば、「資格のある人」だったと思います。
党員・サポーター、地方議員は概ね「資格のある人」を選んだようですが、国会議員の半数が「資格のない人」を応援したというのは残念です。
当地選挙区の細野豪志さんはかねてから期待をしていたのですが、今回は小沢支持言明ということで残念に思っています。
とはいえ、私は常々、その国の政治のレベルはその国の国民のレベルである、と思っています。
そういう意味でいうと、「資格のない人」を支持した国会議員に対して、次の選挙で国民がどう審判を下すのかというのが重要だと思っています。
古くは田中角栄、近年では鈴木宗男も投票する国民がいたから国会議員であり続けたわけですから。
事業仕分けは、国民に政治・行政への関心を引き付けたという点において、非常に効果的な手法であったと思います。
まず、私たち一人ひとりが政治行政に関心を持たなければいけないと思いますし、一人ひとりが社会観、地域観、あるいは幸福観などをきちんと持つことが大切だと思っています。
自分たちの取り組みは地方の小さな取り組みですが、一人ひとりの大人に地域のことを自分たちで考えようよということを伝えていきたいと考えています。
2011年09月25日
保育現場場は大変だという保育士さんへ
医療、福祉、教育の現場にいる人たちの中には熱い思いで取り組まれている方もいることは承知しています。
もっと予算を付けてほしい、人を増やしてほしい、というのもその通りです。
でも、国は赤字国債を発行し続けていて、借金まみれです。
それは自治体も同じことです。
自分の立場からの要求だけをしていたら、いずれ国も県も市も破綻します。
実際、夕張市のように破綻をしてしまった自治体もあるわけですから。
ですから、私たちは、行政に対して、ここを削ってくれ、こういう事業はいらない、ということも伝えていく必要があります。
と同時にこの保育園にはいったいいくらの税金が使われているんだろうということも把握をしている必要があります。
医療、福祉、教育に携わっている人たちは、社会や経済や行政にもっと高い関心を持つことで、より語る力が出てくるんだと思います。
一流と呼ばれるような科学者たちがこぞって科学分野の予算を削らないでくれ~と訴えている光景はあまりに滑稽です。
相変わらずのお任せ行政、お願い行政では、社会は変わっていかないと思うんです。
活動は狭く深く、でも視野は広く、といつも思っています。
2011年09月24日
事業仕分けの是非について市会議員さんへ
そのご意見に対しての僕のお返事です。
おっしゃること、正論だと思います。
が、しかし、反感を買う言い方かもしれませんが、理想論だとも感じます。
地方議員が事業仕分けでなされているレベルの議論を行政当局ときちんとできる能力があるなら、確かに事業仕分けはいらないでしょう。
能力というのは、知識、技術だけではなく、意欲、志、使命感といったものも含めてです。
あるいはご指摘のとおり、自分ひとりで予算・決算書類を審査する力量が及ばない事業について、専門家等を活用するというのも能力の一つでしょう。
勉強会を開くといったこともそうしたことに入ると思います。
ですが、実態は、Bさんのような一部の議員を除いて、その能力があるとは言えません。
今回、10本の事業仕分けを担当しましたが、Bさんの主張に照らして言えば、今まで、よくも、こんなずさんな成果目標で、あるいは仕掛けで、制度で、予算設計で県議会を通過したものだとあきれるものが大半です。
つまり、県議会議員より県職員のほうが数段、賢く、したたかだということです。
その県職員が県民仕分け人はさておき、専門的な知識を有する仕分け人に突っ込まれるとたじたじして、言葉が返ってこない、資料を示せない、というのは、それだけ、実は突っ込みどころが満載だということの証明でしょう。
理想としては、事業仕分けなどいらないレベルの市議会になってほしいと思います。
が、現実論としては、事業仕分けをして、市政をきちんとチェックする必要があると感じます。
それに事業仕分けは、市民の市政に対する関心を高めるという効果もあります。
そういう意味では、沼津市型の当局とのやりとりは専門的な知識を有する仕分け人がしつつ、判定は市民が行うというやり方のほうが県の事業仕分けよりもよりよい方法だと感じています。
2011年09月24日
静岡県事業仕分け後に内閣府行政刷新会議担当さんへ
事業仕分けは単純にコストを削る場ではないということは承知をしています。
ただ、コスト意識がないと、新しいアイデアが出てきません。
人脈を開拓する必要性にも迫られません。
汗をかき、足で稼いで、広報をするということもなくなります。
現場の小さな課題、少ないけど大切な課題に気付く機会も逸します。
そういう意味ではそこを糾すというのも必要だと思い、「あなたの事業では」、ということではなく、オール県庁がこうなっていませんか、という問い掛けをしたく、いくつかの事業で細かな数字にも厳しく注文を付けさせてもらいました。
と同時に、コストを削っても、こんな対案があるし、そのほうが、結果として、一石二長、三長にもつながるし、それは結局、県民の利益にもなるし、行政職員にとっても、仕事のやりがいにもつながりますよ、ということを意識して伝えたいと思っていました。
ですから、例えば、ひとり一改革の優秀者に商品券は絶対NGです。
NGだと表明するとともに、自分の対案として、パブリ(メディア)の活用を出しました。
取り組んだ職員は新聞記事を見た知り合いに「がんばってるねぇ」と声を掛けられて、ますます仕事へのモチベーションがあがることでしょう。
県民は県職員もがんばっているんだ、という風に思ってくれるでしょう。
メディアも中にはこういうプロ意識のある行政職員もいるんだという意識を持ってくれるので、行政叩き一辺倒ではなくなるでしょう。
あんな誰も読みそうにない、報告事例集を作るより、よっぽどいいですよね。
空港PRのバッジやウエットティッシュもしかりです。
僕らはシンポジウムなどを企画して、資料を配布するための封筒は、市内の企業から調達してきます。
企業にとっても宣伝になるわけですから、いくつか足を運べば提供してくれます。
チラシを図書館や公民館に置いてもらうよりも、スーパーや薬局に貼ってもらったほうが効果があります。
足を運んで頭を下げれば、相手は頑張ってるなぁと思ってくれるという効果もついてきます。
市町の公民館は、顔の見えない県の役人からチラシやパンフレットが送られてきても、適当に山積みにしておくという対応しかしてくれません。
その他の事業でも、思考の硬直化が散見されましたよね。
行政では、コストのムダ使いという一元的な損失と、ムダ使いをしているがゆえに、築かれることのない地域でのつながりや広報の不足など二元的な損失が多々あります。
県だけではなく、国にも市町にもたくさんあることでしょう。
そのあたりを指摘し、コスト縮減だけでなく、前向きなアイデアが次々と生まれるような場にもしていくことが議会とは違う立場で行政当局と議論する事業仕分けのメリットではないかと思っています。
2011年09月24日
震災や台風被害の前に書いた「絆」の大切さ
下で記していてる事業仕分け会場でお会いした親交のある報道関係者に帰宅後、お送りしたメール。東日本大震災や台風での大きな被害が起こる前、昨年の9月に送ったメールです。
以下
早いもので中途退職をして、6年余が経過しました。
6年、市民活動やってきて、表面上の活動はあまり変化がありませんが、実質的な部分は随分と変化をしてきました。
最近、子どもたちに対する「地域支援」ということが少し見えてきました。
それは、一人の子どものことをずっと見守ってあげることではないかと。
年度が替わり進学・進級すると子どもたちは戸惑います。
とくに、元来、学校になじめない、級友になじめない、学校の評価軸ではいい評価をされないといった子どもたちにとっては。
そうした中で僕らの活動にはもう何年も来ている子どもたちが出てきて、その子その子の成長の足跡を見てきてあげられているという辺りに、僕らが果たせる役割があるのではないかと。
そして、それは子どもに対してだけではなく、障害のある人や高齢者に対する「地域支援」というときも同じではないかと。
法律が代わるたびに処遇が変わったり、市町の合併や行政機関の再編のたびに支援が変わったり、役所の担当者が変わるたびに対応が違ったり。
それとは違う支援ができるのが地域なんだと。
Aおばあちゃんのことをずっと知っているCさんがいるという安心感。
障害のあるBさんのことをずっと知っているDさんがいるという安心感。
大阪の二幼児放置死事件だったり、大騒ぎとなった100歳を超える人たちの所在が全国各地で未確認となった件だったり、陳腐な表現ではあるけれど、やはり、絆とか繋がりとか支え合いとかお互い様とか、そんなことが大切なんじゃないかなと改めて感じさせられるニュースでしたね。
そうしたものが見えてくる中で、だからこそ、「相変わらず」頑張ろうと思えてくる自分がいます。
もちろん、無理のない範囲でやっていこうと思っています。 (といっても、県庁時代よりさらに動き回っていますけど…)
無理をして取り組むことには、押し付け親切だったり、ありがた迷惑だったりに繋がるありますからね。
子どもたちの求めることに寄り添いたいと思います。
親や教師の期待する子ども像を支えるためではなく、子どもそのものを支える活動ができたらとも思っています。
2011年09月23日
静岡県事業仕分けの担当さんへ
仕分け人をさせていただいた渡部です。
昨日、お会いできなかったので、メールにて失礼します。
今回、仕分け人に選定された後、担当事業について、短期間で適切に質問事項への回答をまとめていただけたので、仕分け質疑が自分的にはとてもスムーズにできたと感じています。
感謝を申し上げます。
今夕も県内メディア各局で特集報道がされるようですね。
事業仕分けはゴールではなく、スタートであるので、ここからさらに担当さんをはじめ、行政改革課のみなさんの手腕が問われることになると思いますが、庁内である意味では憎まれ役となっても、改革を進められる面々が行政改革課には揃っていると思いますので、みなさんの活躍を一県民として、ご期待しています。
ありがとうございました。
2011年09月23日
静岡県事業仕分け
(今、読み返すと少し偉そうな感じがしてしまいますが…)
立ち話で少しお伝えさせていただきましたが、県庁に16年余勤め、自分がやりたいまちづくりを求めて、中途退職し、市民活動をしています。
今日は両方の経験を活かしながら、事業仕分けに尽力できればと参加させていただきました。
県庁を辞めた理由の一つともリンクをするのですが、やはり、県庁職員には、事業を組み立て、実施するにあたり、全般的にWHYが欠けているのかなと改めて思いました。
WHAT-HOW、何をどのように行うかについては、みなさん優秀なので、きちんと説明されるのですが、そもそもWHY、なぜ、その事業を実施しようとしているのか、ということについて物足りなさを感じました。
事業説明をされている職員の中には、顔見知りも少なからずおり、みなさん、人柄がいいのは承知をしているのですが、どれだけ、行政という仕事に思い入れがあり、県民の税金から給料をいただくからには、その県民の福祉向上のお役に立つんだという志がどれだけあるのかが、見えてこない案件もありました。
また、費用対効果や成果数値を求められたときに、適切な数字が用意されていないということが何人かのコーディネータから異口同音に指摘されていましたが、そのことと同時に、数字で表せない成果もあるかと思いますが、その場合は、ファンタジーとエピソードといいますか、この事業を展開したことでこんな物語が生まれたよ、こんな逸話がありますよ、というものが聞けたらよかったんだけどなぁと思いました。
聞けなかったというのは、やはり、机上の仕事になってしまっていて、現場と乖離しているからではないかと感じます。
本来、県庁職員全員が広報宣伝担当でもあるべきだと思いますが、そこが下手と言われるのは、技術的な課題があるわけではなく、自分の仕事を愛し、それを多くの人に伝えたいという思いがないからだとも思っています。
どうかそのあたりの点を知事、そして大村副知事が文字通り先頭に立って、醸成をしていっていただけたらと思っています。
2011年08月11日
関係の貧困性を改善する
冒険遊び場たごっこパークを中心としたNPO法人ゆめ・まち・ねっとの市民活動を学ぶ研修に5日間参加されたNさんからのお礼メールに対して返信した内容を少し改変したものを掲載。5日間、お疲れ様でした。
現場の三日間は、いつもよりも人数が少なかったですが、いつも来る濃い(笑)メンバーはほとんど来ていたので、どんな子どもたちの居場所になっているのか、ということは感じていただけたのではないかと思います。
障害のある子とない子というのは、どこかできちんと線引きができるわけではありません。
その中間に位置する子どもたちが実はたくさんいます。
中間に位置する子どもたちは、周囲の人間との関係性の中で、生き生きとする場合もあるし、非行や不登校などの不適応をする場合もある、ということだと思います。
Nさんのお住まいのお近くで起きた女子高生によるタリウム事件などはそうした「関係の貧困性」が生み出した歪みの表出ではなかったかと思います。
日曜日にAくんの家に爆竹が投げ込まれたという事件。
Aくんの周囲の関係の貧困性がよく表れている事件ですね。
こんなことって尋常じゃないですよね。
そういう中に日々、身を置いている彼にどう寄り添うか。
先ずはせめて、ここで、彼と僕ら、彼と他の子どもたち、彼と常連のお父さん、お母さんとの関係性を豊かにしてあげることが必要になってきます。
公園内での関係性が豊かになれば、冒険遊び場たごっこパークを開催しない日でも、そこで紡いだ関係の中に彼は身を委ねることができるわけです。
つまり、我が家へ来たり、冒険遊び場たごっこパークの友だちの家に遊びに行ったり、常連のお父さん、お母さんに地域の祭りへ連れて行ってもらったり…。
僕らにとって、次のステップはこうしたことを地域内で広げることではないと思っています。
情報発信をして、他の地域でも取り組みが始まるように促し、支援していくことだと思っています。
そのほうが社会全体を見渡したときに、課題解決に対して効果的だと思うからです。
Nさんが持っている視点はとても良いと思いました。
ただ、それを形にするのはとても難しいですね。
でも、難しいからやらないということではなく、とりあえずは、既存の取り組みの真似事からでもいいから、何らかの形を作ってみるということが大事だと思います。
後半二日間の座学では、僕らが相当なこだわりを持って、ともすると、他を受け容れずにやっている活動のように見えて、意外といろんな立場の人としたたかに連携していることを感じてもらえたのではないかと思います。
それは座学でもお伝えしましたが、動き続けることで生まれてきたものです。
どうぞ、初めの一歩を踏み出してみてください。
2011年06月14日
市長への手紙~行政の情報発信
(以下)
過日、市民協働課からNPO団体に有用な情報のメールが届きました。
しかし、こんなことが付されていました。
『なお、今後はこのような情報提供を富士市ウェブサイト上の市民協働課の「お知らせ・関連情報」(http://www.city.fuji.shizuoka.jp/si-kyoudou/oshirase.htm)にて随時行いますので、確認をよろしくお願いします。』
これに対して、次のような要望をしました。
『情報サイトって相当に意識していないとなかなかアクセスしません。
できれば、新情報を掲載ごとにメルマガ的に情報をメールしてくださると、その都度、アクセスするということにつながります。
ご検討ください。』
そうしましたところ、すぐに呼応してくださり、その後、度々、有用な情報をメールでいただけており、たいへん、参考にさせていただいています。
嬉しく、素早い対応でした。
とかく行政は、情報をウェブに載せただけで、あるいは、チラシをまちづくりセンターに配架しただけで、情報提供をしたと思いがちですが、情報は届けたい相手に届いてこその情報です。
庁内各課の情報もそれぞれの情報のターゲットに合わせて、効果的に届けるにはどうしたらいいかということをもっともっと試行錯誤され、うまくいった広報、情報発信は、各課で共有する、という体制が望まれます。
2011年05月01日
井戸端会議も大切
子育て・子育ち支援の市民活動団体を主宰する知人から会議を重ねているんだけど、会員相互の意思疎通が充分になされないというお悩みをいただいたので、次のように自分たちの事例をお伝えしました。
僕らは、会員さんたちと「たべり会」と称する集まりをする時や、 普段の活動の中で話しをする時などに、NPOとして取り組んでいる活動そのものの話はあまりしません。
冒険遊び場たごっこパークをこんな風にしていこうとか、こんな役割分担をお願いしますとか、そんな話をしないということです。
で、何を話すかと言うと、身近なところでは、それぞれの子どもの学校での話、 担任のことから始まって、宿題のこととか校則のこととか。
学校が最近荒れているという話だったりも。
そこから、さらに大きな教育問題や居場所の話、あるいは少年による社会を揺るがすような事件の話題になったり。
そして世の中のいろんな価値観、考え方、生き方みたいな話になり。
そういうことを共有しておくと、結局、僕とみっきーがいろいろと企画することだったりに、賛同を得られやすいということに繋がっていったり、現場で会員さんたちと子どもとの距離感が共通のものを保てたり、ということに繋がっていきます。
つまり、冒険遊び場たごっこパークはなんのためにやっているんだという「思い」がみんなの中で共有されるということです。
そんなこともみんなをまとめる一つの方法論だと思います。
参考までに。
知人からこれを受けて寄せられたメール
なるほど~。
確かに私たちも、以前はみんなで集まっても雑談8割、会のこと2割くらいで、子育ての話とか学校の話とかばかりしてました。
会う回数がもっと多かったということもあったと思いますが、いろんな話をしていた頃はもっと気持ちの一体感みたいなものがあったような気がします。
昨年度から市役所との共働で子育て支援活動を開催してきて、来年度からは委託という形で行うことになりました。
こうして少しずつ前進し変わっていく中で、集まる回数が減りみんなの気持ちが見えづらくなり、私自身が不安になったり、孤独を感じてしまったりしてたんですね。
だから「ちゃんと意見交換しなくちゃ!」と少し肩に力が入っていたみたいです。
もっと肩の力を抜いて、いろんな話をしながら活動への思いを共有できるようにしていきたいと思います。
素敵なアドバイス、ありがとうございます。
冒険遊び場たごっこパークをこんな風にしていこうとか、こんな役割分担をお願いしますとか、そんな話をしないということです。
で、何を話すかと言うと、身近なところでは、それぞれの子どもの学校での話、 担任のことから始まって、宿題のこととか校則のこととか。
学校が最近荒れているという話だったりも。
そこから、さらに大きな教育問題や居場所の話、あるいは少年による社会を揺るがすような事件の話題になったり。
そして世の中のいろんな価値観、考え方、生き方みたいな話になり。
そういうことを共有しておくと、結局、僕とみっきーがいろいろと企画することだったりに、賛同を得られやすいということに繋がっていったり、現場で会員さんたちと子どもとの距離感が共通のものを保てたり、ということに繋がっていきます。
つまり、冒険遊び場たごっこパークはなんのためにやっているんだという「思い」がみんなの中で共有されるということです。
そんなこともみんなをまとめる一つの方法論だと思います。
参考までに。
知人からこれを受けて寄せられたメール
なるほど~。
確かに私たちも、以前はみんなで集まっても雑談8割、会のこと2割くらいで、子育ての話とか学校の話とかばかりしてました。
会う回数がもっと多かったということもあったと思いますが、いろんな話をしていた頃はもっと気持ちの一体感みたいなものがあったような気がします。
昨年度から市役所との共働で子育て支援活動を開催してきて、来年度からは委託という形で行うことになりました。
こうして少しずつ前進し変わっていく中で、集まる回数が減りみんなの気持ちが見えづらくなり、私自身が不安になったり、孤独を感じてしまったりしてたんですね。
だから「ちゃんと意見交換しなくちゃ!」と少し肩に力が入っていたみたいです。
もっと肩の力を抜いて、いろんな話をしながら活動への思いを共有できるようにしていきたいと思います。
素敵なアドバイス、ありがとうございます。
2011年04月29日
被災地でのボランティア受入制限
今朝の静岡新聞にもとくに連休中のボランティア受け入れを制限するところが大多数と書いてありましたね。
でも、被災地活動報告会でお見せしたとおり、復興のためにやらなければならないことは山ほどあります。
現地へ行くと現地の人たちは本当にどこから手を付けたらいいんだろうと途方に暮れるほどの惨状だということが改めて感じられました。
現実問題としてはボランティアが何万人いても復興には足りないというところだと思います。
現地の人たちにとって、瓦礫の山は瓦礫の山ではなく、親類縁者たちとの思い出の一つひとつなのです。
それを毎日、見るのはつらいとおっしゃっていました。
単純に避難所生活の人たちのそれなりの日々を支えるためのボランティアは確かに足りているのかもしれませんが、そうした思いを解消するための人手や辛い日々を送る人たちの心のケアをするような取り組みができる人手、子どもたちの元気を回復する活動が提供できる人手、その他もろもろ、いくらでも人手は必要だと思います。
ただ、そうした人手を受入れて活用する機能が現地にないのだと思います。
平時において、行政や社協などの公的機関には、臨機応変力を培う場面がなく、職員一人ひとりの柔軟性や機動性が磨かれる機会もなく、外部の人を活用する意識もないということが、受入制限問題に繋がっているのだと思います。
東海地震に備えて、だから、行政や公的機関の職員のそうした意識と力を高める仕掛けが必要なのだと
思います。
また、僕らが物資を届けたお宅のように、地域のリーダーになれる人たちを育てることと、それを行政が把握をしていることも必要でしょう。
さらには、NPOのように外部にネットワークを持っていて、行政とは違うルートで物資や資材を調達できる団体を日ごろから把握し、有事にうまく役割分担できるように意思疎通を図っておくことも求められるでしょう。
2011年04月26日
お題目~学校とNPOとの連携・協働
「お題目」とは元来は(南無)妙法蓮華経のことを指すが、転用で建前や名目だけで実態を伴わないことを言ったりもします。さて、表題の「お題目~学校とNPOとの連携」について。
行政や教育委員会は近ごろ、しきりに市民との協働、NPOとの協働、地域との連携といったことを施策の柱の一つとして掲げています。
先ごろ静岡県教育委員会が策定した「静岡県教育振興基本計画「『有徳の人』づくりアクションプラン」でも、『学校とNPO等との連携・協働』は柱の一つに据えられています。
NPO法人ゆめ・まち・ねっとは、本来は行政・教育委員会に取り組んでほしいが、不足しているものを代行・補完する事業として発達障害に関する研修会を毎年、企画・運営しています。
今年も発達障害のある子どもの臨床に関しての国内第一人者のお一人、児童精神科医・田中康雄先生を招いての研修会を企画しました。⇒田中康雄先生研修会
一人でも多くの人に研修会のことを知っていただき、受講していただこうと、静岡県総合教育センター東部支援班が実施するスクールカウンセラーの研修会の参加者にこの研修のご案内をしていただこうと依頼をしました。
結果は「案内はできない」というものでした。
理由を尋ねると、「こういう席上で配布をすると県教委がお勧めをしている、お墨付きを与えていると参加者に誤解を与える」というものでした。
これまでもこういう対応が多かったので、想定内の回答ではありましたが、一方で、上記のとおり、県教委も改めて「NPOとの連携・協働」を高らかに謳ったので、一抹の期待もしていました。
が、やはり「お題目」にしか過ぎませんでした。
断りの連絡をしてきた担当者とのやりとりで次のようなことを伝えました。
・研修内容がお勧めできるかできないかは、調べればわかることである。今回の田中先生は公的なお仕事もされているし、僕らがお呼びするきっかけになったのは、静岡市・静岡市発達障害障害者支援センターが企画した研修であった。講師の信頼度はそうしたことからすぐ判断できるのではないか。
・主催者の信頼性についても、そもそも県が認証し、毎年の報告も義務付けているのに、それでも、こと足りないというのであれば、こと足りるような調査をするべきではないか。
・県や県教委はNPOとの連携・協働と絶えず謳っているのに、こうして連携を持ち掛けるといつもこういう対応である。連携・協働のためのルールを設けたらどうか。でないと、いつまでも「お題目」で終わる。
また、担当者は「県や県教委が後援や共催しているものであれば、チラシ配布も可能」ということだったので、これについても次の意見を伝えました。
・後援申請はNPOが下、県教委が上という関係性を前提にしているのではないか。公共的な事業を企画したNPOがなぜ、県教委に後援のお願いをしなければならないのか。むしろ県教委が「まさに学校とNPOの連携に相応しい事業なので、後援させてください」というべきではないのか。
担当者は申し出を県教委に伝えますとのことでした。
改めて、県教委や県総合教育センターあるいは県子育て支援課などから、「この催しの参加者にご案内したいので許可をいただきたい」という連絡が来ることを期待して待ちたいと思います。
【4月27日追記】
県子育て支援課さんより、当方に限らず、県内子ども関係団体の催し物のお知らせなどを積極的に行っていきますとご連絡いただきました。
ありがとうございます。
これまでもこちらからの依頼には快く応じてくださっていた子育て支援課さん。
今後はさらに、子育て支援課さん側から「こんな催しがありますが、何か広報したい情報はありませんか?」といった対応をしていただけるのではないかと期待します。
こうしたことの積み重ねから、行政と市民、あるいはNPOとの協働が進んでいくことでしょう。
2011年04月21日
逆転の発想~お年寄りによる子育て支援
一年、一年、担任が変わる学校とは違い、地域で子どもと関わることのよさは、子どもたちを見守り続けられるということであると思っています。
その見守り続けるということは、短時間での関わりでもすぐに目につく、子どもの短所、欠点、苦手を把握することではなく、一人ひとりの子どものよいところ、優れたところ、かけがえのないところを見つけてあげられることだとも思っています。
そう、それはお年寄りにできる一番の子育て支援の方法でもあるのではないかと思うのです。
イベントでの交流ではなく、地域の中で日常的にお年寄りと子どもたちが顔を合わせるような場づくりをされていったら、5年後、10年後に大きな成果が出てくるのではないかと思います。
冒険遊び場は難しくても、じいちゃん・ばあちゃんが運営する駄菓子屋さんなんてのは、一つ、いいかも知れませんね。
それから、お年寄りの力を子育て支援に活用しようとすると、つい、お年寄りの技術を子どもたちに伝承してもらう、という発想に偏りますが、僕は逆の発想もおすすめします。
例えば、子どもたちがお年寄りにケータイの使い方やパソコンでのインターネットの楽しみ方を伝授するなんていうのはどうでしょう。
子どもたちの技術・知識をお年寄りに伝授してもらうのです。
何がいいか。
子どもたちはお年寄りにすごいねぇ、ありがとねぇと褒められたり、感謝されたり、頼りにされたりすることになります。
子どもたちはまた力になりたいと思い、足を運びますよね。
するといつしかそこが子どもたちの居場所になっていくのではないかと。
不登校の子どもたちなんかとくにケータイやインターネットに詳しいです。
不登校の子どもたちの居場所づくりにもなるかも知れませんよ。



